主に、旅の炭水化物

各地、食風景の点描

国境一泊・バスの旅  ~中国からキルギスタンへ

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た、…食べたい。

「いやあ、ちょっとバスに酔っちゃって、気分が悪いし…」

と言った手前、しかしガンガンつつくわけにもいくまいが…。

「食べないようにしよう」と決めていた一番の理由は、ここでは絶対腹を壊したくないというか、「できるだけトイレには行きたくない」という、祈りにも似た切ない思いがあったからだ。 

しかし、――運ばれてきたソレを前に、止まってしまった。

 

 

到着。……で、すぐ、ウズベク人女子のショヒダと共に、トイレ…というか「トイレ的に使われている広場」へは行ってみた。

そう、ちゃんと「行けた」のである。だが、しかしその時はまだ、日の暮れてゆく最中――残照のおかげで「見えた」からして、人の残した「ブツ」も避けること可能だったのだ。

だが夜も更け、「明かり」など皆無に等しい中で、再び「ここ」を訪れる時がくるのかと思うと気が滅入った。――なんて、他の人たちにとっては、べつにどうということはないのだろう。トイレに関する不満など、一つとして耳に入ってこない。

私だって、「辺境でのトイレ」とはこんなもんだ、と動じなくなっているつもり…いや、動じないよう、マインドコントロールしているつもりだった。が、雪はさらに勢い付いているようで、「トイレ用地」はさらにベチャベチャ・何がなんだか分からない状態になってゆくのは目に見えている。

なんてったって、ここに一泊するのである。

また、行かないわけがないではないか。…そうなんだけど、「食べたり飲んだり」したら、そこに行く回数が、余計に多くなってしまうってなもんだろう。

…ヤダなぁもう…と、うんざりであるのだけれども。

 

 

湯気と一緒に「香り」が鼻をついた。

「お盆」かというような大きな平皿に、タップリと盛り付けられた煮込み料理――うわぁ…、と息をのんだ。

…シチュー?

じっくり煮こまれてホクホク、プルプルになっていると思しきジャガイモと何らかの肉が、ブラウン色のその煮汁の中にトロンと絡まっている。ところどころ、ポツポツと艶よく浮いているのは、ピーマンか。

この、四人掛けのテーブルについたのは、私と18歳のショヒダ、キルギス人のおばさん二人のみ、なのであり……これ、私ら用? 周りを見回してみても、各テーブル同じような人数で、このサイズの皿が運ばれており、特にここだけ突拍子もない量のものを注文した、というわけでもないみたいだ。こういうモンなのか。…でもねぇ…。

おばさん達、そしてショヒダは、食べ切れるのだろうか。

私、一応は「いらない」って言ったよね?その上で、注文したんだよね?――だがどう見ても、たとえ四人でだって多いんじゃないか、という量なのだが。

「まぁまぁ、チャイでも」と言うから同席したのであり、そのチャイ・つまり「お茶」も、トイレを恐れるあまりチビチビと、唇を濡らす程度にしか飲んでいない私である。私は、要らない、食べないからね――という決心などしかし、やはり揺らいできてしまうのだ。

平皿で表面積が大きいから、湯気がいっそう立って、こちらに絡み付いてくるようである。

――バスの中では、クッキーばっかり食っていた。

このときに限らず、旅の中で「移動」の際は、腹を下すことを恐れて、なるべく「便秘になりそうなもの」で食い繋ぐようにしている私である。

だがこの、野菜や肉のエキスだとか塩分だとかを、あたかも既に口にしているかのように連想・実感させる、やんわりとした暖かい「オカズの匂い」が――やっぱり生きていく上で必要なものとは、と教えてくれる。クッキーはクッキーでしかなく、「食事」にはならないのである。

ウットリした。 ……食べたい。

 

 

 中国・ウィグル自治区カシュガル」を出発する、国際バスに乗った。

行き先は、キルギスタンの「オシュ」という町である。全行程は、約二十~二十四時間かかるという。

「夜通し走る」寝台バス―のハズだった。が、思わぬアクシデントにより急遽、バスの乗客みんなそろって、まさに国境の中国側・税関から歩いて数分もない場所にて一泊することになったのである。

「寒いね…」

バスを降り、車内ですっかり打ち解けたウズベク人やキルギス人達と、一緒に白い息を吐いていた。しょっちゅうここを行き来してんのよ、とかいう「慣れた人たち」ではないのだろうか、それとも予想だにしない天候だったのか。ショヒダを含め、ぺらぺらしたワンピース一枚だけの女性が何人かいて、――マフラーをグルグルにしているこっちだって震えるのに、それじゃああんまりだろう。中国で買い込んだのだろうか、毛布を大荷物の中から引っ張り出し、数人で巻きついて「巨大なぬいぐるみ」になっている、微笑ましきおばさん達、など。

こんなところにも招待所――宿がある、ということに感心してしまう。

白い斑模様のガケ山に囲まれ、空気が氷のように張っている。たとえ雪の時期が過ぎ去っても、木の気配というものが無いここの景色は、おそらく砂色に染まってしまうのだろうか。――それに比べれば、今は「雪」という要素が加わって、風景としては「わびさび」を醸し出しているときなのかも知れないが、…それにしても寒すぎるよなぁ…。

「わび」というよりも、この世の果て――「絶望」と題したくなる、どんよりとした空の暗さ。…って、日が暮れてっているんだから、仕方がないんだけど。

長い壁に幾つものドアが等間隔にとりつけられた一階建ての建物は、宿というよりも運動部の部室みたいだが、このような環境に建つならば、それは「文明」といえなくもない。部屋はドミトリー形式で、私達「バスの乗客」のほか、この国境を往来するトラックの運転手が利用しているようだった。こんなところに宿があるなんて――が、こんなところだからこそ、あったら助かるもん、なのかもしれない。

寒い。…何度言ったって変わらないのだが、言わずにおれるかってぐらい、寒い――からして、トイレは必然的に、さらによけいに、近くなろう。

あぁ、でもホラ。部屋に入ってみれば、ストーブがついているじゃないか。

…嬉しいけれども、トイレが哀しい。

 

 

で。

部屋に入って、じゃあちょっと横になるか…と思ったのもつかの間、「行こう行こう」と、数あるドアのうちの一つ・食堂部屋に連れてこられてしまった。当たり前のように腰をかけるみんなに混じって、なんとなく私もじっと座っているうち、運ばれてきたのがその「シチューと思しき料理」というわけである。

「明日はいつ食べられるか分からないしね。今のうちにたくさん食べよう。」

…私は食べないって言ったじゃん。が、まぁ、この人たちがいったいどんな風に何を食べているのか、観察するのもおもしろそうである。勧められたら、遠慮しいしいチビチビと「つっつく真似」でもしとけばいいか、ぐらいに考えていた。

が、ソレを目にしたとたん――「あぁそうですね」と、オススメされてまんざらではないくらい、私は揺れた。「いらない」と言っていた以上、どちらかというと、もっと強い口調でオススメして欲しい、などと思いはじめる始末である。

こんな辺鄙なとこで、こんなものを目にするとは思いもしなかった。ろくなものは無いのだろうと、ナメていたのだ。だから余計に興味もわく。

「じゃあ、ちょっとだけ…」

と、ホントは喜んでスプーンを握り締めているくせに、いかにも食欲無さそうな顔を作って、一口。

「汁」は、見た目通り、ビーフシチューのようなコックリした味。トマトを使っているのかな…にしちゃあ、その酸味は全く感じられない、まろやかぁ、な味でもある。唐辛子だろうか、少々ピリッとした加減が丁度よい。

…うまい。

凍えた体に、滋養が染み渡ってゆく。具も食べてみようかと、ジャガイモのかけらを口にすると、ほっくりしたイモ自体の甘味と、染みた汁の味が、…なんてシアワセなんだろう。一口大の、歯応えある肉は鶏肉のようで、濃い汁の中にその存在は埋没していない。

ここは国境の、「中国」側。

「中国」といってもこの国境を含む西部は、「ウィグル自治区」であるが、……じゃあこれは「ウィグル料理」なのだろうか。

バスが「カシュガル」の町から出発したと前述したように、この時私はウィグルを巡っていた。…が、ほっつき歩き食っていたその中で、このような「デミグラスソース」的な味に出会ったことが無い。これは、キルギス料理の範疇だろうか。国境だけに、あちらの要素が混じったものなのだろうか――

なんとも、目新しいではないか。

本やらで紹介される、両者(ウィグルと、キルギス)のポピュラーな料理メニューを見る限り、「どっちもあんまり変わらない」という漠然とした印象しか、私は持っていなかった。

「似たよう」な食文化ではある。乳製品をよく利用するし、パンが主食的によく食べられる。どちらの地域もイスラム教徒がほとんどであることから、羊肉を使う料理も多い。麺料理も、同名のものが名物だ。

だから、しばらく同じようなものが続くのだろう、食に対して、そんな「諦め」に似たような感じがあったんだけれども――とはいえど、調理法や、調味料、味加減などの嗜好の違いというものは、やっぱ大雑把に「似たよう」などと括れないほど、つつけばそれぞれにイロイロ、枝分かれ的に変わってもくるもの。「どっちもあんまり変わらないんだろうな」なんてのは、たまたまペラっと本をめくって目に入ってきた写真・つまり偶然で作り上げた単なる先入観であり、下調べをしようとしない「怠慢」にすぎないのだ。

目の前のソレをまえに、これから進む地域に対しての「期待」が膨らんでくるようだった。…ってべつに、ウィグルでの料理が不満だったわけではないが、料理が変化するということは、「移動したのだ」という旅の実感でもあり、それが食いしんぼである自分にとっては、かなり楽しみであるということだ。

――なんだけれどもて「この時の自分」の腰を折るようなことを述べてしまうと、それは「大盤鶏」(ダーパンジー)と呼ばれるれっきとウイグル料理であった。町なかにもそのように書かれた漢字をあちこち目にしていたハズだが、大皿料理であり値段も高い分類にあり、一人旅の自分には眼中になく、縁が無かっただけである。

ともあれ、達観などしていられない。まだまだ、何を口にできるのか、未知の世界が広がっているのだ――と、と、なんだか妙に、場違いにもエネルギーに満ち満ちている自分がいたのである。

そして、メインの端っこに突き従うようにある二つの皿――これは町なかの屋台でよく見かけた大人気メニュー・「酢の物」。キュウリと、半透明の「寒天」らしきものの二種類が、おつまみ的にある。

特にこの寒天(らしきもの)は、ショヒダが言うには、ウイグルのみで見られるもので、彼女の故郷・ウズベキスタンには無いらしい。…ならば私も最後に「名物」はいっとくか、という義務感さえ生まれくる。正直言うと、コレ(寒天の方)の、屋台で群がらねばならないほどの「美味しさ」が、私にはイマイチ理解できなかったのだが、…だってウィグルとももう「お別れ」なのだ。

 しかも、――そうだった。「ご飯」まで運ばれてきたのである。これまた大皿にドーンと登場した、「山盛り」。

 

 

ところで、バスの乗客――キルギス人・ウズベキ人たちの会話は、キルギス語とウズベク語のどっちかか、ロシア語である。

キルギス語とウズベク語は似ており、かつウィグル語、そしてトルコ語とも類似している。流暢にとは(ゼンゼン)いがないが、私はこれより以前にトルコ語に接した期間があったし、「たった今」ウィグルを巡っていたばっかりで耳も慣れていたから、なんとなーく彼らの会話は掴めるような…、という感じではあった。

とはいえやはりいかんせん付け焼刃であり、固有名詞は知識もないだけにより理解不能。食堂の人たちに何をオーダーしていたのか、ほぼ「ウニョウニョ」としかわからなかったのだが、そんな中でも、「ご飯」を意味する単語だけは、彼らの会話の中でぎこちなく浮き立っていて、それは私の耳にも確かに引っ掛かることができたのである。

「ミーファン」と、言った。

ミーファンは、「米飯」。即ち「ご飯」。…つまり「中国語」、である。

…へー、あっち(キルギスタンウズベキスタン)でも、白いご飯は「ミーファン」って言うのか――なんてその時は思ったが、それからのち、西・中央アジアキルギスタンウズベキスタントルクメニスタン)へと旅を進める中、油をタップリ使って炊き上げる「ピラフ」ならともかく、中国や日本式にシンプルに(水だけで)炊いた「白いご飯」というのは、サッパリ目にすることは無かった。私らの米料理とは、ベツモノ――だから「中国語」なのだろうと振り返るのだが、ともかくそれがきた。ドーンと来た。

各自に配られている取り皿に「欲しいだけ取って」ということらしく、まず私にその「ご飯の山」が寄せられる。「要らない」という了解はもはや何処かへ消え失せている。…いや、自分でも、「言わなかった」ことにしようとしている…。

この煮込みに、ご飯という組み合わせ――なんて、バッチリなのではないか。予感がした。ダイエット中に袋菓子をポンと出された時のように、線がプチンと切れて止まらないような…。

……キュウリの千切り一本ずつをつまみ、地味に咀嚼して誤魔化している場合ではないのではないか。今コレを食べずして何が旅か。人生か。

心の内では何か希望めいた山が一点ドーンと突き上がり、奮い立ってもくるのだけれど、その空には曇った雲もちゃんとある。でも、あのトイレが……と、複雑な色にモヤモヤしている塊が。

いまスプーンを握っている中で、こんなこと考えているのはおそらく私一人であろうと思うとバカバカしくもなるけれど、躊躇する自分は、「冷静な自分」である。後悔先に立たず。――でも、やっぱり食べたいじゃないか。

トイレがなんだ。どうせ寝る前には行かねばならんだろう。しかもほんの何分かであり、一生のうちに比べれば、太平洋に沈んだゴマ、といっていい。

ちょっとだけ、ちょっとだけ…

表情だけは「遠慮気味」を忘れないよう気をつけて、手は喜んで、ご飯を自分の皿へと取り分けていた。

「ナンもあるよ。」

キルギス人のおばさんが、まるでメガネケースでも出すように、ハンドバックの中からむきだしの「わっかパン」を取り出した。――「ナン」。それはウィグルの「パン」であり、御土産のつもりだったのだろうか。

い、…いただきます…。

果たして、満足な夕食となってしまった。

       

                               (訪問時2008年)

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