主に、旅の炭水化物

各地、食風景の点描

「ヤグレ」一日の始まり ~マラテヤ・トルコ

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一瞬、時が止まったような沈黙があり、そしてその口から出されたのは意外な言葉――私の名前だ。

入口からおそるおそる足を踏み入れた、そのたった一歩で、立ち尽くしてしまった。

と同時に釘付けになったのは、この空間に踏み入る前からムンムンと漂っていた香り、そのまんまの「ソレ」――部屋を占拠している台の上に放られた、真ん丸い、円盤形のパン。

目にすれば途端に、甘いような香ばしい、その匂いが増すような気がした。黄金色に照り輝くその艶は、香りをも染め上げ、まだ食べてもいないのに既に美味しい。

あぁ、一気に過去へと遡ってしまう――そう、コレだコレ。格子模様で、ゴマもそう、降りかかっていた。

 

アナトリア」と呼ばれるトルコ内陸部の、ど真ん中。…よりはやや南東部寄りにある町・「マラテヤ」には、イスタンブールからならば約1200キロ・夜行バスで約13時間揺られて辿り着くことができる。クルド人が多く居住するトルコ南東部はまた「クルディスタン」とも呼ばれるが、イスタンブール方面からこのエリアに向かう時、この町はその「入口」といっていい地点だ。

ガラス張りの店内を覗くと、二人立っているうちの一人――「あの人だ」。以前、パン作りをとことん見学させてもらった中にいた。

それはひと目でわかった。忘れるもんか。――だが情けないことに、この口から「彼」の名前が出てこない。この店内、窯のたたずまい……記憶にある懐かしさに震えるようだが、「名前」が一向に。

以前と同じ会話本を持っているから、それを出し、メモしたはずの最期のページをめくればいいのだが、相手はこちらを即座に叫ぶ前で「ええと…」とノロノロとやるのもちょっと…。ココに来ると決めていたのなら、名前くらい復習してから来い、なんていまさら愚痴ったって遅いのだ。ゴメン…。

それにしても約二年の年月を経ている。突然彼らの日常に踏み込んだ、こちらは「外国人」だったから、「ダレ?」はまぁなかろうと願い、せめて「そういえばアンタ、前にここに来たような気がするけど?」程度の、ボやけた反応を想定していたのだ。それがどうだ、顔を合わせたその一瞬で、直球に「名前」。――ありがたいことこの上なく、自分のふがいなさはとりあえずさておいて、そりゃあ有頂天に感動である。

 再会の言葉を並べたい。最大級に感慨と懐古の情が喉まで出掛かっている――がやっぱり、言葉が出てこない。目の前に獲物がちょこんと座ってこっちを見ているのに、「槍」が見当たらないという気分だ。

ニヘニヘとした笑顔で「うわぁ」とか「おぉ」とかいう、口から思わず突いて出る感嘆の句はほぼ世界共通に理解してもらえるが、お互いに過ごした時間について語り、話を膨らませるための「語学力」を私ってば持ち合わせていないことを、つくづく思い知らされるのである。もどかしさで、ただ彼らを見つめ、もうこれは会話帳が無くても言える「元気でしたが」「私を覚えていますか」「バスでここに到着しました」などといった、ありきたりな語句をとりあえず、ゆっくり、並べるしかない。ただ自然に溢れ出てくるのは、笑顔である。

…なんてしているうちに、思い出したではないか。「Mさん」だ。

 少々、オッサンになったか。

って、彼より一つ年上である私も同じことなのだが。

肩が張り、えらく貫禄がついた。以前は、華奢とまではいかずとも、もうひとまわり分マイナスした体格だった気がする。図書館で本を読んでいる青年(…と呼ぶには瀬戸際の歳だろうが)のような雰囲気で、黙々とパン生地の成形をこなしていた。もちろん、ブラモを触るように「指先だけ」というわけはいかない、それは腕全体、いや体全体を使う結構な労働であるのだが、生地を見つめる目線は静かで、それとの対峙している彼の両肩には、母親が台所に立つような柔らかい雰囲気があったように思う。

ソレがいまは、荒波を前に立ちはだかる岸壁のような逞しさがビシバシ伝わる。髪型は角刈りになり、高校時代の空手のセンセイに似ている…。

場所は覚えていたし、貫録云々は後から思うことであって「Mさん」の姿も分かった。だが店に入る前、なんとなく看板を凝視せずにいられなかったのは、彼の姿が「かつて」の立ち位置に無かったからだ。

 窯出し口の正面に立っている彼はいま、「窯係」――パン生地を窯の内部に置き、焼き上がったら取り出す、という役割を担っている。生地を載せる為の、長い柄の大きな木製ヘラを手に立ちはだかっているその姿は、なぎなたを構えるまさに武道家のようにも映る。

窯係に「出世」したのか。以前はずっと年上の、おじさんがやっていたのだが。

そして、彼がかつて立っていた位置・窯の傍らに設えられた、畳一枚ほどの台の前で、ひたすら生地の成形をこなしている青年は、本当に会ったことがない。突然の不審者…もとい、訪問者に、「何だオマエ」の反応どころか「眼中に無し」とバリヤーを張っているようであったけれども、Mさんがペラペラと話し出したおかげで、次第に、腕を動かしながらもチラチラと目を合わせてきた。そして「何事?ダレ?」という答えを聞いた後、やっぱり手は止めないながらも「ブアイソ」に張っていた糸を緩め、更にやや経ってからようやく、少々の笑みを浮かべてくれた――ヨシ、と心は密かにグーを握る。

 平べったく伸ばされた生地が二枚、初見の彼の、その手元にある。

テカっているのはその表面に溶き卵が塗られたからだ。さらに、チャイ(トルコ紅茶)に添えられるようなミニスプーンを逆さ・つまりすくう部分の方をつまんで持ち、柄の先端部分を生地面に当て、シャッと斜め上に、線を引いて傷付ける。素早く、そして結構深く、だ。

第一線と平行なのを六本描くと、今度は少々角度を変えて同様に数本を引き、「格子模様」とした。

『スプーンで、しかも「柄」でなんて――えらくキレのいい柄なんだな。』

瞬間、かつても同じことを思ったことに気が付いた。その手の動きを見ていると、蕾が開くように、昔の時間とその頃のワタシの感覚が、スローモーションでよみがえってくる。

 

「バターパン」である。

バターを生地のなかに巻き込んだ生地。その香ばしさ、触感たるや――口の中に訴えてくる。ニヤケてくる。

あぁ、なんといいタイミングでやってきたことだろう…。

『ヤグレ・エクメッキ』

以前、その名称を教えてくれたのはMさんだった。

バターはトルコ語で「ヤール」であり、パンは「エクメッキ」。直訳すれば「バターパン」。「ヤグレ」は「ヤール」の何段活用か知らないが、語尾がどうにか変化した言い方だろうか。いや、「ヤール」とは言っているが彼らの巻き舌のせいで「ヤグレ」に聞こえるだけかもしれない――試しにいま、自分で何度かそう(巻き舌っぽく)言ってみるとますますそんな気がする。が、彼の地で何回聞いても「ヤグレ」としか聞こえなかった私の中に、それはもう「ヤグレ」でしかなく、正式名称さておいて、この話はコレ「ヤグレ・エキメッキ」ということで進ませていただく。

要はコレ、「パイ」なのである。パン生地の中に、固形状のバターを閉じ込め、たたみ込み、巻いて巻いてを繰り返すことで入り組んだ内層を作り上げ、顔面サイズの円盤形に伸ばして焼いたもの。

トルコにおける菓子パン的な位置にあり、メロンパンが一人一個食うモンであるように、おひとり様用個食的なパンとでもいおうか。軽食として、朝に食べられることが多い。

再会の感動から一呼吸経て、頭が少々冷えてきたろうか。黄金色の輝きを放つ、つやつやとした巨大金貨。なにより鼻腔に入り込み脳を酔わせる、バターの芳しい香りには申し分ない間違いない――んだけれども正直、その見た目に少々、あれ?と思わなくもない。

「こじんまり」して見える。記憶としては、もうひとまわりは大きかったような気が…。私の記憶は美化されていたのだろうか、と首をかしげるようだが、ともかく。

――食べたい…。

 

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私の心は丸裸らしい。その叫びを見透かされているように、「食べなよ」と促してくれる。ハイ、勿論です。

 渡されたものを持ち上げてみると、小振りなわりにはズッシリとした感。まじかで見ると結構フックラとしており、もちろん発酵にもよるだろうが、油脂が生地に熱を通し、上手い具合に層ができたことで膨らんだのだろう。

「パイ」――と呼ぶには正直、地味だ。

ケーキ屋に並ぶミルフィーユ、アップルパイ、或いはクロワッサンの、一枚一枚薄く、かつ整然とした美しさがひと目で分かる層に比べれば、こちらはせいぜい、成形時にスプーンで入れた格子模様の切込みに、その(層の)存在が確認できるぐらいである。

だが、改めてそのおもてをジッと見ると、その表面向こう側に小さい気泡が、皮を蹴破りたいけど出来ない、とばかりに閉じ込められていて、それは春巻きや餃子を高温で揚げた時、皮に出来るプツプツとした空気包(火ぶくれ?)の跡にも似ている。そう、「揚げられた」感じ――…バター、ですなぁ。外に表現はしないが、体内にそのパワーを逃さずに包み隠しているのだ。それが「ズッシリ」の理由でもある。

ともあれ、アツアツを、早く口の中へ。

撥ねのよいサクサク皮を持って引き千切ると、中の部分が層状にベロンとしわく伸び、かつ湿っている。いかにも(バターが)染み渡っているなと、口に入れる。

甘い。この香ばしさ甘さは、いったい「味」なのか、それとも「香り」なのか。どっちなんだイヤどっちもか。どっちでもいいけどその快感に、目元口元がスローに横へ横へと広がってゆくのを止めようもない。間違いなく、わかりやすく、これは確かにウマイ。

「コレなんだよなぁ…」

そしてパンから手を放したくないから心の中で、手の平をグーするのだ。ここの一日のしょっぱなは、やはりこれを食ってこそなのである。

こんなに小さかっただろうか――なんて、食べた後に残るその満足感に因ったのだろう。

胃に溜まるその感覚のままに、外見も「大きいもの」として記憶に残ったのだ。おそらく前回の私も、食べる前はナメていたはずである。こんなのは一人でたべちゃうよなぁ、…と。

…どっこい、印象的、いや衝撃的だったといっていい。

それは旨いというだけではない。コレを作るのをジッと見ていていると、「美味しいもの」であるその罪を真正面にして、目が点になったものだ。

そう、やはり「バター」は罪である。いや、バターに罪は無い。ソレを魔物的美なる食に変身させる、ヒトの罪。貪りたいワタシの罪――。

 

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コチョリーの朝 ~インド・ニューデリー

 

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「インドの朝は遅い。」

朝六時などという時間、市場でシャキシャキしたやりとりが既に軌道に乗っているタイやベトナムなどの東南アジアを旅することが殆どだった身としては、ただただそう思い、唯一賑わっているチャイ屋で時間を潰し、インドで早起きはやめよう、などと心しながら朝飯屋が稼働するのをジッと待つ。ぼちぼち、というのは、7時半ぐらいだろうか。

 

 どこに行くべしか。――とざっと見て、多いのは揚げパン・「プーリー」屋だ。

長屋のような小さな入口の軒下に、時にはテントで延長して、鍋・コンロをセットして揚げているという姿が10数メートル間隔で在る。

 赤ちゃんの握りこぶしよりやや大きい、小麦粉と水で練ったのであろう真っ白い生地玉を、めん棒或いは手のひらで薄く伸ばして、中華鍋(インドでもこう呼ぶのだろうか。要は、底が球面状の鉄鍋のこと。)になみなみ張った油で揚げる。と、ぷくーっと、アンドーナツのようにふっくら膨んだ揚げパン・「プーリー」の完成。当然アンコは入っておらず、その中は空洞であるが、ちょっと時間が立てば少々ヘナっとしぼみ、結局はナンのような平焼きパンに見える。ちなみにナンの生地は発酵しているがこの場合は無発酵であり、その代わり、と言うのは私の勝手だけどこの空洞が、なんとなくフックラした食べ易さを生んでいる。

 

それを千切り、豆とかジャガイモとかのカレーを、ちょろっと・鍋のつけダレ程度になすりつけたり、具をはさみ持ったりしながら食べる、というのが朝の定番のようだ。

ボリュームとしてはそうあるようには見えず、値段はもちろん庶民的うってつけ、のスナックだが、揚げているからそこそこは腹にくる。インドでは揚げ物が巷で実に多く、店に並ぶオヤツの類も、バナナ揚げとか、サツマイモ揚げとかサモサとか(カレーの具を包んで揚げた、春巻きのようなもの)各種とっても人気。インドを席巻するヒンドゥー教カースト制度においては、万物が浄・不浄(穢れ)に分類されている概念があるが、油で「揚げる」行為とは、それがたとえ「不浄」なものでも、それをすることで「浄」へと昇華されるとみなされる。よって、揚げモンとは、「胃が重い」「カロリーありそう」などと敬遠されるどころか、外で食べるものとして、誰にでも安心できるもの、であるということではないか。

…見ているだけでなんとなく、肌質オイリーに、ほっぺがプーリーの如くプクプク膨らんだ気がしてくるもんだ。

 

客と思われる丸まった背中が、カウンターに向かい食んでいる姿を斜め後ろからじっと見る。

なるべく混んでいるところがいい。あそこは、ひとり。こっちは…、ぼちぼち。などと、適当に判定しながら通りを行くと、――ん?

停車している車が邪魔で見えないが、人が集っているのが分かる。建物のシャッターは閉まっているようだが…と近くまで寄ってゆくと、あぁ、「屋台」なのだ。

路上に教壇二つ分の台だけ出し、その傍らにセットした鍋の中には、わずかばかりの煙を吐く油に浮き、風船のようなプクプク生地が棒で突っつかれながら泳いでいる。突っついているのは、ガタイのいいチョボ髭のおじさん。

ほう…。

屋台という最小規模のところと、建物を構えたところとでは、同じ人数でも、屋台の方にそそられてしまう。小さいのに人一杯というギャップが引き立つためか、ともあれいいじゃない、ここにしようか、とひと目で心は踊った。

 直径三十センチぐらいの中華鍋は、店にしては他のところよりも少しこぶりで、家の台所から持ってきたんだろうか。台挟んで客側には、その下回りにぐるりと耐火用の囲いがあって、鍋はまるでドラム缶の上にすっぽりとはまっているように見える。

 髭おじさんは、あっちをこっちに、こっちをあっちに、ひっくり返してはまた返して、と、それは棒ではなくって、ほぼヘラのように平らな穴あきお玉で、結構几帳面に風船の面倒をみている。やや白髪交じりの髪の毛は後ろに流して清楚に決めており、服は長袖をまくり上げカッターシャツに、茶色いベストを腹に膨らみをもたせて着こなしている。こんがり色の腕には、銀色のじゃらじゃらした時計が光り、――見た感じ、スナック屋台のあるじというよりは、不動産屋のオヤジであり、悪くていかさま金貸し業かレートを誤魔化す私設両替屋ってイメージだ。まぁ好き勝手言って悪いけど、今は視線を鍋に落としているせいで、目は鋭く、髭もハクを与えて厳しそうな雰囲気を漂わせている。

 店のヒトと思われる、もうひとり。オデコの輪郭まですっぽりと、優しい茶色の毛糸の帽子を被った、女性…。

グレーのショールを寒太郎のように巻き付けた、その隙間から伸びる手には、白い生地。台のトレイにある、切りっぱなしていびつなやつをひとつ手にとっては、ピンポン玉よりやや大きいかという小ぶりな玉に丸め、同じトレイの隅の方からキチッと並べてゆく。不動産屋が目の細くふっくら体形であるのに対し、細身で、ギロッとした大きな目とかぎ鼻が印象的で、くっきりした顔立ちだから、肌のシワがあんまり「皺」と感じられない。

 夫婦でやっている商い、かな。

ここのプーリーは、確かに生地がピンポンだったように、これまた他のところよりもかなり小さく、草加せんべいほどのサイズだ。揚がったそれを、鍋のすぐ隣の台の上、ひとつ鍋を挟んである浅いタライの中へ移すようで、既に揚がったのが、三つ四つ寂しげに入っている。結構売れたのだろうな、…ということよりも、鍋を挟むことなく揚げているすぐその横にタライを置いた方がやり易いんじゃないか・垂れる油で鍋蓋はべとべとになってしまうだろうに…、とよけいなことが気になるが、その取っ手のない真っ平らな蓋の隙間からは「お玉」と思われる柄が飛び出ており、おそらく、プーリーとセットにする何らかのカレーが入っているのだろう。(ちなみに、インドでは、スパイスの種類の組み合わせ、バランスを変えることにより、「カレー」などとひと言で括れないバラエティ豊かな料理が存在するが、ここでは便宜上、断腸の思いで「カレー」と呼ぶことにする。)

ハンディーなプーリー。…なのに、ん?。ハンディに無い。

少年から青年からおじさんから(女性っていないな)、椅子は無いから客はその周辺に立ち食いしているんだけれども、みんな食べ方が、カップアイスみたいなのである。というのはつまり、緑色のお椀型の器から「すくって」食べているだけ。プーリーを指に「つまんで」カレーつけて、という、その「摘まんで」いる図がない。

揚げたプーリーはどこに行ったのか。先に食ってしまったのか。

 と、少年二人がやってきて、うようよっと呪文を唱えた。というか注文した。一呼吸おいて、更に二人の客。次はおじさん一人。

 …ヤバイ。やばくはないけど、置いてけぼり食ってる気になってくる。私も頼みたい。だが忙しくなってきた中、ただでさえ「ムスッ」と見えるオヤジなのに、輪をかけてというか、ますます視線は手元以外に行き場は無く表情固く、こちらのことなんか無視されるんじゃないか。行きたいけど行きづらい。なのに人は増えてゆき、よけい不利になってゆく(気がする)。となればこそよけいに、ココロ引き寄せられてしまうこの矛盾は、まるで年頃乙女の恋心。 ――なんて心の内ヘンに不安定になってきた頃、小さな子がやってきた。女の子だ。黒いショールをスマートに巻き付け、もっと小さな子を二人連れている。きっと妹と、弟だろう。

小学校でいうと五年生ぐらい、という感じのお姉ちゃんは、不動産オヤジのもとにやってきて、その厳つい顔を見上げてこしょこしょ…と囁く。と、オヤジはちゃんとその子に目を向け、うん、うん、と丁寧に、しかも子供相手としての少々の微笑み込みで、頷いている。

おぉ、紳士的優しげ。ちゃんと答えてくれるのだと、まぁ当たり前なんだけれど、オッサンのその顔が緩んでいるうちにと私も乗じてすぐさま言おうとした。『ください』と。

だがの前に、子供ではない存在――しかもひと目見て外国人と分かる――に気づいたオヤジは、気のいい声で言うのだ。

「ハロー。食べていくかい?」

ズッコケるではないか。と、奥さんもぎょろりとこちらを向いて一瞬おいたのち、「来たのかい?」とか言いそうな顔で、口元を上げた。

ま、…この辺、外国人多いからな。

  

「ハイ。」と言って、暫しゆるりと。注文が通ったとなれば、待つのは一向に構わない。その間にじっくり観察できるというもんだ。

不動産オヤジ、…言いにくいから不動サンと呼ぶけれども、不動サン夫婦の側にぐるり回って立ってみた。当然ながらオヤジ側には耐火用の覆いは無く、鍋を支える、錆びついてひと回り太くなった五徳の下で、火はチョロチョロとした安定の蠢きだ。風情からして炭火かと思ったが、ガスの炎である。

揚げたプーリーの入ったタライの前に、枯れ葉のような、鄙びた緑色の椀が重ねられている。一番上のを一つ取り、もう片方の手で揚げたヤツを二枚、その皿へと入れたら、オ、と声が出そうになることには、椀ごとグシュッと、その縁を閉じるように潰してしまった。器は、紙か。…なんてことよりも、せっかくカリッと膨らんだのに…。――なんてことは、ちっとも気になどしていない勢いである。

そうして位置的にギモンある鍋の蓋を、落っこちない程度にずらしたら、お玉の柄をもって引き上げ、すくったものを椀の上から垂らした。褐色で、そこそこにボテッとしているというか、トロミある感じ。

さらにその鍋の手前に置いてある、小さなボール容器の中のものを、ミニスプーンでピッと少々ふり落とす。これは色から想像つく。辛味だ。真っ赤なチリペーストだ。

生の唐辛子のみをすりつぶしているのか。それともニンニク玉ねぎ、生姜か何か、ヒミツの香味成分も一緒にペーストになっているのか。

気が付けばジッと見ているのは私だけじゃなく、黒マントの少女の妹、弟もグリッとした目で不動サンのもとにくっつき、じっとその台の上を、手つきの虜になっている。勝手に推定するに、クリボー頭の妹は二年生、弟は入学したばかりの一年生。お姉ちゃんはオトナ的に、台を隔てて向こう側に立って待っており、私が代わりに並んで三人、社会見学するちびっ子たち、となっている。

チリが入ったら、スプーン、というよりやっぱりアイス用の小さい木ベラみたいなのを、容器に入ったカレーの端の方に突き刺して、渡す。――女の子に。…ん? 順番は?

ちょっと待ってね、ばかりに不動サンはこちらに目配せして、一連の動作を再び繰り返すと、次はワタシに渡してくれるではないか。

…その前に二人連れ二組と、オジサンが一人いたハズだけど…。順番抜かしていいんだろうか。チラと先客を見てみると、んなことちっとも気にしてないように、少年たちは女子高生のように喋っており、オジサンはボーっと向こうの空か、それとも雑貨屋にぶら下がる袋入りシャンプーかを眺めている。レディーファーストか、或いは外国人特別扱い…。

ま、すぐできるんだしな。「どうも」と受け取ると、同時にニコッと髭が動いた。と、「あぁ」と、目がまたしても点になった。

これ、紙じゃなくて、…「葉っぱ」なのだ。

触って、その細かな葉脈が見えて(私は近眼だ)、ようやく気付いたのである。葉っぱ数枚ををどうにか繋ぐ加工をして、椀皿状に固めてあるのだ。

 そういや、インドでは、カレーはバナナの葉の上によそい、食べ終わったらそのまま捨てて土に返す、というのを本などで読んではいた。とはいえ実際、現代のニューデリーでは、食堂では金属の皿やトレイによる提供が殆どで、なんだあの話は昔のことか、と思っていたのだが、これこそアレか。バナナの葉だろうか。(旅を経たのちの私の印象としては、葉っぱスタイルでの提供は、南インドにおいてよく遭遇した。)

 重なっている皿はどれもキレイに形が揃っているから、おそらくどこかの工場などで加工されているものだろう。インド的なんだけど、現代的。ともあれ、おもしろいものみっけ、と、皿だけでテンションが上がる。

さっそく、すくってみる。

ジャガイモだ。それと分かる大きな塊と、砕け散って小さくなったのとがある。ポッテリとしているのはこのでんぷん質のせいだろう。

表面にプツプツ散っているのは、クミンシードは分かるが、何かの未知なるスパイスの粒。

 ――うん。イモのせいだろうか、よく知った味のような気もするが、頭の中の隅に穴を開けるような、清涼感突き抜ける初めての感覚もある。

 そして、カレーもいいんだけれども、なにより、だ。

グシャッとしているしカレーが掛かるし、形も色ももはや一体化して分かり難いんだけれど、だが確かに口の中でタッチする、「サク…」の感触が何ともいい。プーリーである。カレーの一部になったかに見えても、繊細ながら丸め込まれない存在感が、ちゃんとある。これがあってこそ一皿として完結する、プーリーとは確かに主役だ。

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 サクサクのカレー。…で、思い出した。

そういや「カレーパン」だ。コレ、逆ではないか。「逆」カレーパン。

あれは生地の中にカレーを詰めて揚げるものだが、これはカレーの中に揚げパンが在る。…いいじゃないか、トッテモ。

私もたまーに作るんだけれど、具を注意深く包み、揚げる際は、弾けませんように弾けませんように、と祈りながら油に投入するも、その願い届かず中身流出となると、肩が腰まで下がり切なくなる。――が、その心配がないではないか。具を包まないんだから、当然のこと。

 ほう…。

ちなみに、先にチラと挙げた、「サモサ」というインドのポピュラーなスナックがある。餃子の皮のような小麦粉生地に、やはりスパイスの効いた具を三角型に包みこんで揚げたものだが、包むからして当然ながら具の水分が少ないものの、コレとは形を変えただけともいえる。とはいえ朝食どき、どちらかというとプーリーの方がより出会う頻度として多いのは、やっぱり「包む」必要が無いからではないか、という気がしてきた。手がかかるし、弾けたらばその生地はパーであるし…てまぁ、シロウト的な目線でいうのもねぇ。

 なんだかんだ思っている間に、先客全てに「葉っぱ皿」は行き渡り、一気に少なくなったタライの中へと、揚げたてプーリーが追加されてゆく。そうして、不動サンは、奥さんがひたすら丸めている生地をひとつ、手でペタペタと広げ、新たに油の中へと浸してゆく。

 と、…ん?

奥さん、ただ丸めているだけかと思ったが…。――台の上の生地の端っこに、布巾を被って、「何か」ある。よくその動作を見てみれば、それをピッと素早く、指先で僅かな量を取り、具のように生地の中へと擦り付けて、丸めているのだ。ひとつ、ひとつ。

何…?「パテ」のような、ペーストよりも、固めの感じに見える。肉…?とも違うような。でもホントにちょこっとであり、意味あんの?ぐらいのカケラ的な量。…「隠し味」?

手の内にある、皿の中を凝視するも、もはや…である。プーリー本体でさえ、見た目の判別はカレーの奥へと潜りこんでいるのに、そのカケラなんて…。

ジッと、ビーム光線を放っているのに気付いたのか。顔を上げた奥さんと、目が合ってしまった。訊いてみようかという前に、向こうから口を開いた。

「グッド?」

そのひと声で、ハッとした。――男のヒトだ。この人。

が、…ウン、確かに。いったん「男だ」と思うと、オジサンだと納得する顔つきに見えてきた。思い込みがひっくりかえったせいもあるが、たったのひと言、その不思議なオーラ漂うハスキーボイスに、ちょっと奇妙な印象を持ってしまう。イメージで言うならば、王様付きの預言者或いはまじない師。動揺している心の中の波に乗り、「ハイ、とっても」と勢いよく答えると、皺をくしゅっとニッコリ笑った。

不動サンはお玉を手に、こちらの器の中にもうひと垂らししてくれる。うん、うん、と頷きながら。あぁどうも。ありがとうございます。

「コチョリー」と、二人声を合わせた。逆カレーパンの、なんかこしょばしくなる名称だ。

「いくら?」「セブンルピー」…って、「『サス』でしょ?」という私に、ヒンドゥー語の発音を指南する。

ちょっとしたやりとりがまた、土地に「入り込めた」感を増長させ、ウレシイ。感じのいいトコ見つけたなぁ、と、そのことに一気に有頂天になり、「ナゾの具」への疑問もまた一気に離散してしまったのだが、あとから思うと、その場の疑問を何故その場で訊かんのか、と叱り飛ばしたい口惜しい、のパターンである。

 

少女たちを見た。ショールのお姉ちゃんは一つの皿を手に持って、アイススプーンで弟にアーン。妹にアーン。…そういや、ひとつだった。受け取ったのは。

ひとつを三人で分ける。まぁ大人が一人ひとつで、子供だから…といってもなぁ。

お姉ちゃん。小六っていったら(知らんけど)育ち盛りだろうに。自身は中継ぎ程度にチョロッと口にして、ほぼ妹・弟に、様子を見ながら丁寧に食べさせている。

おそらく制服なのだろう。小二の妹は白いシャツの上に紺のワンピース。弟はシャツにズボン。…が、大きすぎて袖から手が全部出ておらず、裾が腰から下にだらんと垂れている。…デカすぎるだろう。男の子はすぐおっきくなっちゃうし、というのにも程がある。お父さんのじゃないのかソレ。二人とも、斜めに引っかけたカバンがまた、体に対して大きすぎる。

あ、ちょっと待ちなさい、とばかりに妹の顔にハンカチをあて、鼻水を拭うお姉ちゃん。クリボーちゃんはされるがままだ。セミロングの黒髪がその顔の前に少々垂れ、かがみこむその顔を覗き込んだ。

ここで朝飯食ったあと、学校の門まで送り届ける展開が見える。旅人にしかすぎんから、事情云々すっ飛ばして勝手なことを言うしかないが――なんと面倒見がいい、優しい…。個人的な問題、うちでは「兄弟愛」という言葉は昔から存在していないから、こういう図はホントにドラマチックで心打たれてしまうのだ。ええお姉ちゃんやなぁ…。

二人を見守るその横顔、鼻の付け根にひとつ輝く金の星――ピアスだ。

浅黒い肌、目鼻の整った顔立ちに、けっこーな美女へと成長する将来が想像される。確かいつだったか、インド人女性のミスユニバースがいたし、そう、インドのヒトって綺麗なんだよなぁ…ジッと見てしまう。いやヘンな気ではなく、あくまでその、心温まる図だ。

と、やはり「ビーム」は気付かれてしまうらしい。目が合い、その可憐な笑顔にハッとする。

――唐突に。この手のひらの上に、「髪留め」よ出でよ、と思った。そう、バラを象った、赤く煌めくガラス玉のやつがいい。リボンをかけて、手渡したい気持ちでいっぱいだ。

預言者なら叶えてくれるかもしれない。――と振り向けば、お仕事、お仕事の顔である。ふたりとも。

「コチョリー」――ちょっとした軽食だ。

ちょっとしたもの、ちょっとした出会い。

…ちょっとした、でも、いつまでも残るほの温かさだ。

明日もまた、来よう。

                               (訪問時2003年)

 

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茹で汁で一服 ~中国・青島

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2002年。初めての中国は、下関港から海を渡り、山東省・青島に始まった。

五月の霞む薄暗い空のもと、歩く。ただ歩く。

国境を越えた直後とか、知らない世界に入ろうとするときとは、モヤモヤしたものをなんとかしたいと、たいてい焦っている気がする。市内交通機関を調べてバスに乗ったりよりも、焦りをもとにひたすら歩く、というのから始まることの方が多く、それがかえって有効といえなくもない。少々疲れたところでランナーズハイというか、町歩きハイ状態となり、いつしか内にある緊張は「腹減った」の前に薄まり、――ア、ほら、食堂だ。商店街らしき、なんとなくホッとするエリアを見つけた。

個人ラーメン店とでもいう、庶民的な雰囲気である。人の出入りが見え、しかも混んでいるような雰囲気が遠くからでもわかる。旨いのではないか。――などと、いつのまにか欲と好奇心が率先し、躊躇というものは薄まっている。単に食い意地の問題かもしれないが、ソコで私も食べたい、そのモノにタッチしたい、という前向きなココロが自分の出発点となる。

「餃子」ではないか。

出入りのどさくさに紛れて入ってみると、壁にかかった品書きがすぐに目に入った。「肉餃子」と「白菜餃子」、「素餃子」。中国で餃子と言えば水餃子を指すという、予め仕入れていた知識の如く、グループが皿をつつき合っているその箸先には、滑らかそうな、真白い皮のうねりがある。おお、本場の…。ぐっと胸が掴まれる

 だが入っては見たものの、やはり気持ちとしての敷居は高く、結局は唇をぐっと噛んで後ずさりした。言葉も通じないよそ者がフラフラ入っては踏み潰されて滅するのみ、という想像などたやすい、丁度昼飯真っ只中の、席の争奪激戦的時間帯という様相である。諦めやしない。時間をずらそう。しばし石畳の急な坂を歩くなどし、教会があるなぁなどと、さも見物に来たかのように見上げてはいるが、気はそぞろだ。気分のせいか、空は一転して晴れ、緑の芝生の上をバウンドするボールに微笑む。まだかな。もうちょっとかな…。

 ……などと調子に乗るうちに迷子になり、結局二時間はおあずけになり、品切れの心配がよぎったが、その甲斐あってというべきか。ようやく見覚えの店構えに戻ってきた頃、黒いジャンパーのおじさんの後に続いて入ってみると、十畳程ある店内の、壁にくっつけられたテーブルには客が一人か二人、という状態になっていた。よかった。餃子はまだあるのだろう。

 先人に倣おうと、じっと見る。まずは入り口近くのレジ台に注文を言うらしい。 

発掘された木簡のように垂れ下った、三枚のメニューと再会する。

「肉餃子」、「白菜餃子」、「素餃子」。

これだけ、というのがまた専門店らしくていい。「素」がなんのことかイマイチよくわからず、無難に「肉」にしよう。(「素」は、タンパク質を大豆などの植物性に頼ったもので、要するに精進料理であることを指す。)

…けど、「六十個」?

さっき来た時は目に入らなかった、木簡の下の方、「六十個 十二元」。

約百八十円。…六十個で。――なんと安い、と喜ぶよりも、まず眉が寄ってしまう。百八十円は渋る値段じゃないが、ビー玉大ならともかく……。六十個である。さすが中国、スケールが違う…。

それって一人でも注文すべき量か。さてどうするかと困惑込めて、ちらとテーブルを見やると、しかし連れのいるようには見えないひとり客のテーブル、その皿にはどう見ても六十個は無い。押し潰した柏餅のようなのが、せいぜい二十個だろうか。既に大半食べてしまった、とかにしては皿が小さすぎる。…割り算していいワケねと、ガクッとくる程単純なことだが、「初めて」のものに遭遇する自分とは、融通のきかないきかんアタマになってるもんだ。

ともあれ、一瞬にしてひとつ解決したが、中国語能力は、ガイドブックの後ろにひっついた会話集のコピー頼りでしかない。メニューの数そのまんまじゃないことを言わなければならない、苦行――ドロッとした焦げ茶色に気分は堕ちてゆきそうなんだけれども、ここで翻ってはきっと、今日は敗北感で寝られないことだけは確信できる。

ならば筆談だ。日本で生きてきたことの特権・漢字が書けることをいま、フル活用する時である。――なんて、動転している中で珍しく思い付き、そんな自分にひとりで悦に入りながら、気分堂々と持ち直してレジに対峙する。さて黒ジャンが去り、いよいよ私の番だ。

 十個でいい、と思っている。日本で店で食べるといえば、たいていラーメン屋で注文しているが、多いところで一皿そんなもんだろう。だが品書きに「六十個」とあるのに、その六分の一はあんまりにも「割り過ぎ」だろうか。

 ペンを持った時点で「変わったヒトがきた」と察知したようだ。十六、七ぐらいか。レジには、白衣姿に三角巾、三つ編みを両耳元から垂らした女の子が立ち、なんだか給食係である。台に紙を置き、「肉、二十個、四元」と書いてゆく。と、そのお目目をぱっちり開けて、どれどれ、とちゃんと覗き込んでくれるのが嬉しい。そうしてやはり赤い、ぽっちゃりホッペで、フン、フンと頷いた。『わかったよ』――通った。女神よ。つい笑みが出てしまう。

 「六十個」の値段表示とは、二、三人で店に入るのが普通だからかとも最初は思ったが、中国では果物でも肉でも野菜でも何でも、たいてい「量り売り」であり、その単位は一斤(五百グラム)が基本である。おそらく餃子も、六十個というのはそれが一斤の量だったのだろう。

ともあれ、丁度空いたテーブルにつき、座っていると、空腹から二時間おあずけしたとはいえ、柏餅二十個って量はどうなのかなぁ。…÷4(十五個)でも良かったんだよなぁ、などと思い始める。とっさに単純な計算が出来なかった自分に「これから中国大陸を…」の心配を少々込みなどしながら、暫く。――おぉ、湯気を上げたのがやって来た。これは私の注文。中国にやってきて、私が自力で掴んだ初めての食べ物……じゃあなくって蒸し饅頭とか買い食いはもちろんしたんだけれども、食堂に腰を下ろし、正面切って相対する初めての食卓だという達成感に覆われながら、蛍光灯に艶光るそのひだに魅入った。少々ふちのある、白い陶器製平皿ぎりぎりいっぱいに、波をグニョグニョと描いた水餃子。これが二十個。心配するほどでもない、かもしれない。腹をすかせた高校生ならフツーに食えそうな見た目であり、私でも余裕だろう。

続いて出されたのは、平たい小皿ぎりぎりまで入ったタレだ。透明オレンジ色に、ポツポツと浮いているのはおそらくニンニクだろうと、大きなツブ切りからわかる。それと、カラの、ご飯用でもいいような白いお椀――いや、お茶用の湯呑だろうか。

運び担当は、これまた三つ編スタイル三角巾の、レジっ子ちゃんより多少ふくよかな女の子で、ほっぺ赤くも笑顔はない。ぶっきらぼう、というよりも、余計な表情は作らん、という素直なカンジなだけであり、皿を置くその手つきが投げやりだったりするわけはない。

中国でも、食堂ではお茶が出されるのだろうか。カラの椀にどうすべしか、キョロキョロ居心地悪さを感じていると、案の定、三角巾ちゃんはその手にアルミのやかんを下げて戻ってきて、その注ぎ口を傾ける。懐かしい、おばあちゃんちの麦茶入れみたいだ。

――ん?

じょぼぼぼと満たしてくれるお茶、…と思えばそれは白い。白い椀が透けて白湯、というわけではない。濁った、お粥のような色だ。

 ナニ?これ。――と目を向きながらも、ナニよりソレより、主役の餃子だ。

 

 つるんと滑らか肌の、モチッと弾力という、快感。

初めて、の驚きは無い。中国の餃子についての本を読み、自分で生地を捏ねて皮を作ったことがあったが、アレはあながち間違ったものではなかったのだ、などとまず思った。中の肉餡もそう奇抜な味ではなく、馴染みある感じに詰まっている。たれも酢醤油+ニンニクだし、「餃子を作って食べるということは、こういうことですよな」と、答え合わせをしている感じだ。来たことなど一度もなかった世界・中国に、分かるよ知ってるよと頷ける味がある――風が脳天の隅っこをサッと撫でてゆくような、爽やかなときめきを感じた。中国ってそんなに「遠くなかった」んだ。

 …とひとまず主役に感じ入ってから、改めて。椀の中に目をジッと凝らす。

なんだろうこの、「白い汁」は。

スープ?重湯?…念のため、周囲を見回してみる。同じ椀に、口を付けていることを確認。…よし。食事中に指をゆすぐ為の液体が、遠い昔家庭科の授業で「フィンガーボール」とたしか習った記憶があるが、あれじゃないようだ。やっぱり飲むものだと、その汁を啜ってみた。

 これは――「アレだ」と、記憶とすぐに結び付いた。蕎麦湯である。

…って、蕎麦なわけはなく、もしかして、餃子の??

えぇ、と思った。茹で汁なんて飲むのか、と。餡がヘタクソにも飛び出していたら、ダシがでてスープにはなろうが、小麦粉のぬめりが出ているだけではないのか。餃子に限らず饂飩にソーメンにしても、茹でたあとの湯を飲もうという発想は私にはなかった。

やっぱり飲むっていったら、茶なのではないか。茶の原産地である茶大国中国だ。

 …と、新たな客だ。

常連だろう、レジのほっぺちゃんに喋ったのは、ボソボソとしかも口早で、『だるまさんがころんだ』と聞こえたぐらいだ。だがほっぺちゃんには当然通じているらしく、頷くこともなく注文を奥へと叫んだ。アレを理解してこそ、日常会話の中国語かと、それは大学受験よりも遥か高い山に思える。

と、ふくよか頭巾ちゃんは餃子が来る前にもう例のお椀を出して、やかんの中の白濁湯を注いでいた。常連おじさんは小さな椀を両手で持ち、突っ伏してズズズ…と啜る。

…そういうもんか。

もしかして私の椀だけ中身がコレであり、一見には茹で汁でも飲ませとけ、とか、――私って歓迎されていないんじゃないかとさえ被害妄想チラついていたのだが、おじさんはまさにお茶を一服する・そんな感じで肩をほぅ、と緩めていた。

蕎麦湯ももちろん「茹で汁」に違いないのだが、それは「茹でた汁」というよりも「蕎麦湯」という、あたかもこれも一品であるかのようにいつしか見做すようになっていた。だが初めて接した時はやはり私、「そんなもんを飲むのか」と驚いた。ちっとも美味しくないジャン、と、飲む意味が分からない。だが成長するにつれ、茹で汁に落ちた蕎麦の風味とか栄養成分云々だとかをいわれれば、ナルホドそういうもんかと飲みにくいながら無理やり飲み、慣れてくればこういうものだとして飲むようになり、出されなければ欲しいと求めるようになり、ウチでは出さないとか捨てるとか言われたらば悲しくなる、というルートを辿った。餃子のゆで汁も、きっと…?

二度目の口をつける。…でもやっぱり「茹で汁」でしかなく、積極的に前向きにはなれないのが正直なところだ。いったいコレの良さとはどこにあるのか。

可愛いレジっ子ちゃんはレジ台の回りを布巾で拭いており、ふくよか頭巾ちゃんは、何の遠慮もなく私のテーブルの前に座って肘を突き、その目はこちらの頭上を飛び越えて、棚上のテレビをぼうっと見ていて実に自然な無表情。奥の厨房からは、茶筒ひっくり返したような白帽子を被った、半袖白衣(作業服)姿の調理人が、チラチラとこっちに半身突き出し、やはりテレビが気になるらしい。おそらく生地を仕込んでいる最中であろう、手のひら指先、腕に、粉がたっぷりまぶっている。

いかにも日常、といういまのこの空気に、風呂に漬かってゆらゆらとほどけてゆく、そんな感覚がやってきた。

食べていれば、やっぱりなにか飲みたくなるからして、敬遠したくともソレしか無いから飲まざるをえないのだが――やっぱり、モワンとした「無味」。…いや無味、とは違うか。ただの湯と比べればモワンと、曖昧な雲が浮かぶ丸みがある。

意味の見いだせない、しまりのない味――だがそれに浸っていると、肩の力入れ過ぎの自分をふと、キョトンと振り返ってしまう。緊張しすぎでしょ、と。

「茹で汁」の出自とは、餃子。刺身をしたら出た骨でアラ汁・アラ煮が出来るように、…って魚に限らず獣・家畜類もまた、肉食文化の地ではそれを捌いたならば内臓を血を余すことなく利用するように、餃子も「茹で汁」まで愛して。

生地を為す主原料・小麦の場合は、もみ殻と藁は、まぁ家畜の餌とか藁細工となり、人が食うのは実を精製した「粉」からであるけれども、「餃子を食う」ということは、茹で汁も平らげてこそ本当に食った、ということなのかもしれない。それが餃子を発祥とする地としての基本姿勢か――なんてことまではその時全くもって思わず、店としてはそれは喉潤しでしかなく、新たに湯を沸かすよりも、店としては使い回しで手間がないし、というだけのことかもしれないが、とにかく、明日も来よっかな――と、ズボンのベルトをゴムに変えたような開放感を、餃子よりも息長く立ち昇っている、茹で汁の湯気に思う。

 

ちなみにその後、そしてまたその後も数年おきに中国を旅していると、何度も茹で汁にはまみえることになるのだが、ともあれ。

銀行では両替にキンチョーし、バス停の場所に惑い、列車のチケットは全力で武装するほどの気合で列に並ぶ。自分の必死な形相が分かるほどに気張っていた、初めての中国。――の、餃子と茹で汁、

よく知っている味の、はじめてのものに出会い、「親しい異文化」というものを噛みしめた。

おおらかゆったりと息を吐く。ズボンはゴムでも十分。ベつにベルトをキュッと占めずとも、伸びてダレていなければ進んでゆけると、こういう中でちょくちょく、なにか据わったものを得てゆくのだ。

――いま?

もちろん、茹で汁は出してほしい。ないと、ちょっとがっかりする自分だ。

 

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茹で汁で一服 ~中国・青島 - Google ドキュメント

 

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まぼろしのピン・ムー ~タイ・チェンライ

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そりゃ「小指」だ。

まぁよく刺したなぁ、と、感心するような呆れてしまうような、ちっちゃい肉片。あんまりにムリヤリだろう。こんなのは串に通すよりも、中華鍋で全部を一気にザっと炒め、味付けした方が手っ取り早いだろうに。

あまりにも小さい。可愛らしい。が、食い物・特に肉に「かわいらしさ」など求めていない。必要なのは「食ったぁ」感ではないか。なぜこんなのをチマチマと………そうか。ちょっぴりの肉でも、串に刺せばカサがでる。

 …などと、イジワルっ気な諸々を心に零してみるものの、「すき間」を埋めるにはまぁ、うってつけかもしれない、とも思う。 

すき間――この手にある、買い込んだ惣菜の、である。

 

 タイの北部地方、チェンライ。

夕方になると、町中心部にデンと据わる常設市場沿いには、屋台が無尽蔵に並んだ巨大惣菜市場が出現する。簡易テーブルに、既に出来上がったオカズを種類ごとにトレイや鍋に並べている店もあれば、コンロをセットして、煮たり焼いたり揚げたりをそこでやり、アツアツを提供するところもある。胃を夕飯気分へと駆り立てる食前酒のように、美味しそうな香り、魅力的な彩りが、末広がりに乱舞する。

生きる為に、食べる為に、旨いものを手に入れる為に、ありとあらゆる人が今晩の狩りにやって来る。通り過ぎてはまた戻る。どれを手に入れるべきか――本能に戻った目の動きはそれ以外になく、歳や立場など関係ない。

愉快だ。テレビのドキュメンタリーと違い、現実の旅には背後にドラマチックな音楽など流れていないが、「聞こえる」ようだ。音楽には例えられない、空気の唸り。モノの、ひとの放つ匂いと気が、空気中にわわわわわんと揺れている。まさにパラダイスである。

こっちを選べぶきか、いやあっち…と、心かき乱されながら私が手に入れたのは、ガピ入りのタレが付いた茹で野菜。ガピとは、エビに塩をして醗酵させた、匂いも味もひと癖ある発酵調味料で、東南アジア全般によく使われている。この地に自分を馴染ませる為の通過儀礼的な調味料として(私は)捉えており、これを混ぜ込んだタレをつけだれのようにして、ナスやさやインゲン、その他青菜の茹でたものを食べる、という、タレ&野菜セットがよく売られている。ナスを多くしてもらった。こちらのピンポン玉のようなナスは、ただ茹でただけでも甘くて旨いの。

そしてもう一種類は、ねっとりオカズ。春雨やインゲン、赤い唐辛子が散りばめられているのが分かるが、そのねっとりのモトは何の野菜か芋なのか正体不明の、汁気のほぼ無いオカズ。きっと未知なる地元の魔法的調味料が練り込まれていおり、この地の主食・蒸したもち米が進むであろう感じのものだ。ここのオカズにはそういうネットリ、…って納豆のように糸を引いているわけじゃなく、味噌状をもう少し緩くした感じであるが、通常手でつまんで食べる主食のもち米を、それに擦り付けて食べる、というのに都合がいい。(もちろん汁気のあるオカズもあり、そういうときはスプーンと共に食べる)。

 そして勿論のもち米を手に入れ、以上――とするには、なにかを心が叫んでいる。

タンパク質が欲しい。

「ねっとり」の中には、もしかするとミンチになった肉が潰し込まれているのかもしれないが、食った感ある「肉」の姿が残ったものがいいなぁ――といって、よく目にする鶏片足の串焼きは、ちとデカすぎる。茹で野菜はウサギのようにあるし、ネットリの方も結構、すくった金魚の入った袋ぐらいの重さがあり、これだけももち米一人分はゆうに食えるだろう。

…でも何か。ちょっとしたものでいい――というのに、「ピン・ムー」に白羽の矢が刺さった。

「ピン・ムー」或いは「ムー・ピン」とも呼ばれるそれは、「豚の串焼き」。「ピン」は串に刺した炙り焼きを指し、「ムー」とはブタのことである。

スーパーで「切り落とし」として売っているような、小さな薄切り肉の刺さったミニミニ串。それをメインにはする気は起こらないものの、こういう穴埋め的にはもってこい、の気がした。三本ぐらいかったら、気が収まりそうだ。

 フックラした指に、ひっくり返す串が更に可愛らしい。テニススクール通いのヒトを思わせる、ヘアバンドでオデコを出し、両肩にタオルを引っかけたおばさんは、問いかけに顔を上げ、爽やかに笑った。訊いたことが即嬉しくなってくるような感じ良さだ。

「三本5バーツ。」(当時約十五円)

――ステキ。まさにそれ、「三本ください」。

 

 「ピン」即ち串焼きは、繰り返すけどここ・タイ北部の主食である蒸した「もち米」のお供としては、代表取締役みたいなもんで、ドラム缶半割したようなのに炭を入れ、炙り焼いている姿はよく見られるしよく売れる。串の種類は様々あるが、そのうち、鶏肉が最も目につくだろう。

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鶏肉はタイ語で「ガイ」であり、その串焼きは「ピン・ガイ」ということになるが、それよりも「ガイ・ヤーン」と、料理法くっつけて(「ヤーン」=「炙る」)呼ばれることが多く、一目置かれているのである。…かどうかは知らないけど、「串焼き」といえば即ソレを連想するもんであり、列車の中では、三十センチ定規ぐらいはある長い串に括り付けてこんがり焼いた鶏もも足一本を、通りでうちわを配る人のように何本も抱えて売り歩くおじさんおばさんの姿は定番だ。(ちなみに「その串、一本頂戴」とか声をかける時は、「ピン」と言っている。)もちろん、もち米つきで買える。まさにタイの駅弁の華である。

そういえばガイヤーンには、日本の焼き鳥のように、ひと口に切ったものを数珠にして刺したものといえば、レバー或いは鶏の頭、足先を繋げたものがあるが、肉といえばそのようにもも足、或いはもっと大きく、胸から足にかけてをどーんと括りつけた炙り串であることが殆どだ。あ、そうそう、まさに団子のように、卵を殻ごと串に刺したものもあるけれど。(これは「ピンカイ」と呼ぶ。カイ=「卵」。)

とはいえ、デカくなくていいけど肉が食いたい、という時だってある。まぁデカくて困ることはこちらの胃としては全然無いんだけど、デカいものはそれだけ値段も高いから、気が引けるのだ。チマチマが欲しい。レバーも足先もいいけど(ゼラチンが旨い)、肉が、という気持ちのとき――

 その欲求を引き受けるのが、「ピン・ムー」といえる。豚はなぜか大ぶりではなくチマチマしているもんのようで、串の長さもみたらしだんご的だ。

生姜焼きにしたらいいぐらいの厚さの肉を、消しゴム大に四角く切ったものが、たいてい三つくらい刺さっている。俗にいう「バラ肉」「三枚肉」部分が多く、ガイヤーン同様に魚醤油「ナンプラー」と砂糖を混ぜた甘辛いタレを、刷毛で塗りつけながら焼き上げる。顕著な脂の部分がギトギトと濃く焦げ光り、これも負けず劣らずに駅弁の定番だ。ちなみに豚の場合は、その内臓を串に焼いているのを私は見た覚えが無い。豚串といえば肉、というイメージ。

小さいからして安く、買い易い。どちらかと言うと、私もガイヤーンよりはこっちの方により馴染みがあるもの――なのだが、「ソレ」は何かが違っていた。

…って、一目瞭然、「色」だ。

黄色い、という印象。オレンジがかった明るい焼き色は、ターメリック混じったカレースパイスをそりゃ想起する。

そして、妙に小さい。えらく小さい。くどいけど小さい。まさに小指である。

一切れを三つ、というのではなく、やや長めの薄切り一切れ一枚のみを串に刺している。少し先端がすぼんだ、全体的に葉っぱのようなシルエットになっており、かつ、肉の下(持ち手側)にはリモコンの音声大小ボタン程度の、ミニ長方形の脂身が刺してある。どの串にも。

――「フツウの」とは一線を置いているのでは、という予想は、ただのひと目でつく。

 まさに炭の上で脂のジクジクうずいているヤツを取り上げてくれることの喜び、そしてテニスおばさんの愛想のよさの前には軽く流してしまったが、串を入れる為の、ハガキより一回り大きい厚手のビニールには、予めほんの少々のキュウリのスライスが入っていた。ほんの一握りの、おしんこ程度だ。その存在理由を探すならば、味に貢献するのではなく、それは哀れにも、ビニールに直にアツアツを伝えない為のクッションでしかないだろう。――なんて、愚かなことよ。いやこの時点の、ワタシの浅墓な考えが、だ。

その串を入れた後に、何らかのタレをも中に注ぐ。少々湯気を吹き、これも温かいようだが、ちょうどきゅうりが浸る程度である。焼き上がったピン・ムーにタレを注ぐ、というパターンがまた珍しいし、このタレ自体もまた――何者か。ドロドロした黄土色の中に、唐辛子色に染まった油がアメーバのように漂った、全体的には明るいオレンジだ。辛いのだろうか。未知なるものへの興味が沸く。

 ゴムでぐるぐるとタレが零れないよう、うまく縛ったのを、こちらも清々しくなってくるいい笑顔で貰う。ホカホカだ。ならばもはや、ほっつき歩いている場合ではない。

早く帰ろう。

 

 

手洗いして、急いでベッドの上に要らない地図を広げ(こぼすから)、「食卓」をセットする。つけたしのように手に入れたものの、熱気冷めやらぬピン・ムーからまず、ひと口でもタッチするべきであろう。本命(もち米&ネッチリ、茹で野菜)は後だ。

――と。「ん?」

ひとりなのに、いやひとりこそだろうが、心の中がそのまんま声になって出る。

「んんんんん…。うまぁい!」

吠えた。目が覚めた。予想外だったせいもあろうか。いや予想しない、出来ないだろう――この味。

二本目、脂身部分まで一気に口にすると、改めて目が点になるというか、いや天を泳ぐ。

ターメリック色ではある。が、スパイスとしての風味は色に免じて感じなくもないケド…、という程度でしかなく、甘く辛くの味はいつものピン・ムーに通じる。だが、それよりも、深く濁った捻りのコク。――タレだ。タレが効いている。

甘辛ではあるが、もっとなにか優しい――と、目を閉じて探してみる。

ナンプラー等の調味料が効いているからもちろんお菓子とは思わないが、でもそれに通じる優しさがある。「甘い」と「辛い」の支え合うバランスの、「甘い」のほうが勝って在り、かつ、この丸さは――ココナッツだ。それは分かる。そして、…何かに似ているんだなぁ…。甘く、コックリ。脂身が合わさると更に、ダブルパンチで陶酔の沼に陥りながら、カラになった串でビニールの中に沈むキュウリをいじる。

「…味噌?」

そうだ、風呂吹き大根につける、甘味噌のあの感じである。

「おぉ…」ちょっと光が見えた。嬉しくなって、貫いたきゅうりを気まぐれのように口に入れた。――と、「んん!」。

とてもとても、非常においしい。単なる彩り・特に無くてもいい存在と見做していたそのキュウリであり、全くもって懺悔ものだ。僅かに火の通った、シャックリした歯触りの快がたまらない。液状であるタレに「食った感」ある個体制を持たせるだけでなく、濃い海の中でキュウリ自体の甘味がそよぐその爽やかさには、打ち震えてしまう。

 全くもって漫画的な驚きようだが、一人っきりだからいいだろう。

 

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戸惑いのソムタム ~タイ・コラート

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「サラダ」といえば、添え物。

とはいえもちろん、エビやイカ、茹でたブタ肉や蒸し鶏などのタンパク質を混ぜ込んだ、主菜の位置に持って来れないこともない「おかずサラダ」「ボリュームサラダ」と紹介されるレシピも珍しくないことは知っているけど、たいていの場合私にとってスッと連想されるのは、レタスキャベツ、ブロッコリーにトマト、間が良ければルッコラやパセリが仲間入りする、ボール皿に入った野菜オンリーの盛り合わせであり、傍らにドレッシング容器が立っている、というもの。とりあえず「野菜を食った」ことにしたい気休め、或いは主役のコッテリ肉料理に添える、サッパリ口直し的な存在である。主菜の味の邪魔をしないし、コレステロールやカロリーの心配もない(ドレッシングが結構あるけど)から、あったら良い。けどまぁ、サッパリがあればいいのならトマト一個齧るだけでもいいのであり、無いなら無いでもいい存在。

 が、パパイヤサラダ――「ソムタム」は断じて、そんなことはない。

 

コラートの町は、「イサーン」と呼ばれるタイの東北地域にあり、そのうちでも南西部の、首都バンコク寄りに位置する。にある。バンコクから向かうとすれば、約260キロの距離であり、「イサーンへの玄関口」と称される町でもある。

「ご飯を一緒に食べよう」

メーは、と、屋台が通りを埋める「ナイトバザール」へと案内してくれた。

彼女と知り合ったのは、バス停の場所を尋ねたおばさんに因る。私の喋る不思議なタイ語に困り、この外国人どうにかしたってヨ、と、その知人だった彼女に振ったのが始まりである。「バス停」という簡単な単語でさえ通じない…と、劣等生ぶりに少々ガックリとする中、腰まで届く髪は絹糸の暖簾のようにサラサラで、スタイル抜群、色黒でキリっと締まった顔つきとっても美しく、かつ堪能な英語で優しく接する彼女とはまさに救いの女神に映った。訊いてもないのに歳四十とまでいきなり自己紹介し、こちらと二十近くも年が離れているとはとても思えなかった。四十でもこんなになれるんだ…と、つい頻繁にその横顔を見ながら、ともあれ、ナイトバザールを歩く。

切り売りされた、プリッと甘いジャックフルーツの入った袋を二人でつつきながら、目はズラッと並ぶ屋台の諸々を追い、歩いていた。豚肉がぶら下がり、大鍋から湯気が立ち昇り、中華鍋をかき回している、エプロンの姿、姿。

「何食べたい?」――と言われても、「どれも」であって選べず、やっぱり地元の人にオススメしてもらうのが一番なのだ。「なるべくこの土地『ならでは』なものがいいんだけど…」

もぞもぞと喋っていると、じゃあ、と選んだのが「パパイヤサラダ」。まずは英語でそう言い、次にタイ語で言った。「ソムタム」。

 

「ソムタム」はイサーンの郷土料理の代表格だ。もっと言えば、ここから東北へとさらに進んで国境を越えた、ラオスの郷土料理でもある。

隣接するラオスとイサーンに居住する主要民族は共通しており、現在でも言語などの点で同じ、或いは似通った部分が多く見受けられる。食文化においても、共通して「もち米」を主食とし、それとともに食べられるオカズも同じ類が幾つもある。そして「ソムタム」もその中の一つだ。(ラオスでは「タムマクフーン」と呼ばれる)

英訳されると、それは「パパイヤサラダ」となる。文字通り、未熟な緑色のパパイヤを主役としたサラダで、それをわんさかと細切れにし、調味料で潰し和えたもの。彩りの為か、濃いグリーンの映えるさやインゲン(生)もほんの少々加えることもある。調味料としては、唐辛子、ニンニク、砂糖、ライム、トマト、ナンプラー、干しエビ等々…。

イサーン地方とは概して、タイのなかで経済的に貧しく、開発も遅れたエリアとされており、「田舎者」と時に蔑視されることさえもあるという。だが食となると、そういう偏見差別は都合よく棚に上げてしまえる貪欲さというかしたたかさというか…、いや、人はわかりあえると可能性を感じさせてくれる、というべきか。イサーンの郷土料理は、イサーンの地以外・バンコクなどでもよく見られる人気オカズである。もともとは、都会に出稼ぎのためにやってきた東北出身者の郷愁を癒していたのが始まりというが、東北系にルーツをもたなくとも「ソムタム?大好きだよ」と、パッと顔を明るくさせるタイの人は少なくない。

「サラダ」とは訳す。たしかにその材料となる未熟パパイヤ自体甘くはないが、頭スッキリ爽やかシャクシャク心地よい。サッパリする。だが、「ソムタム」となってしまえば、主菜の邪魔をせずおとなしく寄り添っているような「脇役」ではない。はまらない。これは、れっきとした主菜になるべく、の存在だ。

だからといって、シーフードサラダとかしゃぶしゃぶサラダなどの、ボリューム系と同類かというと、それも違う。というのも、「これだけ」を食うには、どうもおさまりがつかない。

 要するに、味が濃い。「サラダ」とはたいていサッパリしているもんであり、添え物だけでなく単品でつつくことも普通にあるが(実際、サラダボール一つ抱えて「昼食」にする女子大生もいるだろう)、ソムタムの場合、この味を緩和するべき相手が必ず要る。欲される。人は一人では生きていけないように、ソムタムもまたそれだけで食われることはない。そのパートナーとは、「もち米」。イサーンの主食だ。

バンコクなどの中央部、南部の主食がうるち米であるのに対し、前述したイサーンとラオス、そしてチェンマイなどを含むタイ北部もまた、蒸した「もち米」を主食とする。とはいえ現在は、「もち米地域」にも、人の往来、嗜好や意識の変化(もち米=太る、とか)により、うるち米のご飯もよく食べられているけれども、主力はあくまでもち米である。

このもち米と食ってこそ、ソムタムの味が活きるのであり、もち米もまたソムタムによって、自身の甘味が生かされる。

ソムタムの味?――思いっきり、「オカズ味」。…というとなんやら形容にもなっていないけれども、ニンニク、干しエビ、そしてナンプラーと呼ばれる魚醬(魚を醗酵させた琥珀色の液体調味料)という、熟成物のうまみ成分だかがプンプンに効いた、母の野菜炒めとか魚の煮物と同様、ドシッと腰をとらえるしつこさがあり、食事をちゃんした気になる、味。葉っぱものを合わせて塩コショウに油をタラリ、とかいう精進サラダとはまるっきり世界を異にしており、イカの麹漬けにも劣らない、もち米へと走らせる促進力に満ちた味。

 だからこれを「サラダ」と真に受け、もう一品主菜を・肉オカズでも選ぼうか、…なんてことをしてしまうといけない。いや頼んだっていいんだけれども、もち米が二倍必要になる。

得てしてこの地方のオカズは、ソムタムに限らず、「もち米無しではいられない」ものばかりだ。ソムタムの最低限の量とは、一三、四センチの平皿にこんもり、という程度だが、それで皿に山盛り一杯分の餅米がゆうに進んでしまう。だがデブを恐れてもち米を増量させることなく、二品のオカズを無理やり一皿分で済まそうとすると、妙に塩辛さが口に残り、夜中に喉も渇く。

 

場面を戻して、ナイトバザールだ。

メーがピックアップしたのは、ソムタムと餅米。中華的点心のニラ饅頭を四個と、パッミー(焼きそば)一皿。席を取ったテーブルはソムタム屋の前だが、それぞれは別の屋台からやってきて、一堂に並んでいる。

さすがである。もち米のパートナーはソムタムのみ。ニラ饅頭とパッミーは、おかずというよりはスナックの類であり、この相思相愛に割り込むことなく、つまみとしてつつくような感じとなる。

カラの皿を二枚とスプーンとフォークを店の人からもらうと、「タイ人はね、みーんなソムタムが好きなのよ」と言いながら、メーは目の前のご馳走を、少しずつとりわけてくれた。ソムタム盛りを、スプーンとフォークで挟み持ちあげる。

「ん?」そういう図はなんだか「サラダ」のようだ。そして平皿に載ったもち米も四、五口分程度を、粘りつくのを難しそうに、スプーンのサイドで押し付けるようにして、それぞれに。取りやすいように、という配慮してくれているのは、うんうん、それはもちろん分かる。が――

 片手にスプーン、もう片方にフォーク。そのスタイルで、ソムタムともち米を食べる…。

メーは自分の皿にあるもち米、その小さな塊から、やはり難しそうにひと口大を離すと、軽くまとめるようにスプーンにのせ、更にソムタムの、切り干し大根のようにクテッとしたパパイヤを数本その上にのせて、それを口へと持っていった。

「……。」

ここでもち米とは「手」で食べられるもの、とは知っていた。食文化の本を読みつけることが趣味だったし、イサーンに入るのはその時初めてだったが、それまでに行っていたタイ北部もまた「もち米圏」であり、もともと餅が大好きな私は、日々ドップリもち米食いに徹し、腹も重量もひとまわり大きめに帰国したのだ。

もち米は、ひと口大を取ったその手のひらで、軽く丸める。まさにシャリで握りをするように。そしてそれをオカズに押し付け、拭い去るようにくっつけて一緒に摘まみ持ち、食べる。

というわけで、もち米圏におけるオカズというのは、それと一緒に摘みやすい、ウエットでも汁気少な目の、ディップのような形態であるものが割合多いのだが、もちろんスープ的なオカズもある。そういうときは当然ながら、逆の手にスプーンを持ち、それを啜ったり具をすくい上げて口に入れながら、片方に握ったもち米に食いつく。或いは椀の汁表面に、チョッと触れ、味を付けてから口にする。

 ――もち米をスプーンの上に載せ、食べる、というのはありえない図だ。

これは、うるち米の食べ方である。うるち米の場合はご飯を平皿にのせ、その上にオカズをかけて供されるし、供されなくても例えば数人分をまとめて盛られてあるならば、自分でそうするものだ。つまりカレーライスのように、飯オカズ諸共をスプーンですくって食べる。うるち米はパラパラとしているから、それが便利だ。この時にフォークもセットにされるのが普通。

昔は、というかもともとはこの場合・うるち米ご飯も手で食べられていたのであり、現に同じくうるち米を主食とする南インドでは、人々は手で食べている。汁気オカズの為にスプーンはもともとあったのだろうが、フォークというのは、タイの西洋文明の影響というか憧憬、と説明される。これはオカズなどを突き刺す為では決してなく、スプーンの上にオカズを寄せ、載せる為に使われる。それが「マナー」というものらしい。

 そういうわけで。

メーのその姿に、外国人を前にして礼儀正しき「マナー」をあらわそうと、敢えてそうやって食べている、というのが伝わってくるようで、なんというか…絶句してしまった。もち米、そしてソムタムとしても、「え…」と声を出せたら出すに違いない。

あの…、いつも通り、フツーに食べて貰っていいですが…とは、なんとなく言えなかった。

これは、日本的に言うならば、寿司をスプーンで食うようなものであり、「違う」と口から出てこないわけはないシルエットである――なんてことは、メーの方が百も千も承知であるはずだ。しかしそんなことはおくびにも出さず、アイスクリームを食べる時と変わらず、ただ「うん、おいしい」とそのことに満足を言い、笑顔である。

加えて当時、…だけでなく今だって当然そうなるんだけど、メーは二十近く年上だったから、「マナー」を踏襲してタイ人として恥ずかしくないように、という気概も、もしかしてあったのではないか。こちらもこちらで、大のオトナに「手で食べませんか」などと言えない。

ただ「おいしい」と言う以外は何事も感じてないように、メーに倣い、難しいながらももち米をスプーンにのせていたのである。スプーンの金っ気とは、ホントもち米には合わんなぁ、と思いながら。

顔には出さない。だがおそらくこの、はまらないのに無理にはめ込んだパズルのピース的に、強烈な違和感を実は奥底にて二人共に有していたと、確信がある。

                               (訪問時1999年)

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第一歩は「ヘン」~タイ・バンコク  

 

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写真はタイ東北部コンケンという町における麺屋の、ダシが非常に旨い、お気に入り「センミー・ナーム」。「センミー」は米製の細麺、「ナーム」は汁に浸かることを示す。

話はでも実は、写真とは関係ない。汁の無い麺、「ヘン」についてだ。

 もはや行きつけになっている感のあるタイだが、初めてやって来た20世紀も末の頃・まだ大学生だった時は、そりゃあ緊張の糸がハープの弦のようにピンピンだった。今ではデジカメで、コマ送りのように好き放題撮る写真も、当時持っていたのはストロボ発光禁止機能のない、フィルム使用コンパクトカメラ。それでいてオート(カメラが暗いと勝手に判断して)だから、不用意にシャッターを押せば、派手に光って目立ちかねない。周囲の目が気になり、「撮る」ということに及び腰だった。気が引けた。ということで海外に出始めた頃の写真とはまぁ少ないもので(フィルムも金がかかるし)、ましてや、到着当日の、人に紛れての写真などあろうはずもない。

 ともあれ初めてのタイの、初めての食事。それが「ヘン」だった。

 

 

そもそも、『汁無し麺のことを「ヘン」と呼ぶ』とかいう知識以前に、「汁のない麺料理」というものに対するイメージが、私の中でつかないでいた。

まぁ、昨今では日本でも「油そば」だとか「汁なしタンタンメン」だとか当たり前にあるから、メニューを見ても「何?」などと驚きもしないけれども、当時というかこの頃(繰り返すけど20世紀末)はそんなに一般的じゃなかったし、やはり麺といえば温かい汁に入ったものが、私にとって常識だった。そうじゃなければ蕎麦やうどん、ソーメンのザル(冷やし)や釜上げの、別容器に入れる浸けつゆ(麺つゆ)を付けてのメン類。その麺つゆだって、ちゃんとそれなりに液体であって「汁無し」とは言わない。

 汁が無ければ、ナンだ。麺を湯がいただけか――というと、「汁」とはズズズと飲める「スープ」が無い、ということであって、タレ・つまり調味料がもちろん入っているのだろうことは、なんぼなんでも想像はついたが、…調味料なんぞ家にもある。

スープならば時間をかけて「ダシ」を取る。即ち手間ヒマかかるもの。だから客にとって、店に出向く甲斐があるというものなのに、湯がいただけの麺に、家にもある調味料をかけただけのものを味わいに行くのか。――なにが、「技」?店が見せる腕前とは、果たしてどこにあるのか。心血注いで打った麺でありこれ自体を味わってほしい、とかいうならばまだわかるが。

まぁ、あえていうならば「冷やし中華」がそれ・「汁無し」に分類されるのかもしれないが、言い訳すればアレを、「汁あり」と比べてみたのち選択した「汁無し」麺、とかいう明確な意識はなく、単に「冷えている」のが欲しいから食べている。「夏=冷やし中華」という一択だ。冷えている麺を「冷やし中華」とメーカーが銘打っている既製品の袋の裏に従った結果、ああいう、調味料ダレが皿の下の方に溜まっている姿になるというだけであり、言われてみれば汁が無いな、と気づく程度だ。自ら「汁無し」として求めたわけではない。そういえば三重の「伊勢うどん」も、太めのうどんに濃い色の醤油ダレを和えるという、汁が被っていないかたちだが、私は広島の人であり、すいませんが縁がない。

ともあれ、調味料を和えるだけの麺など、注文しようという気が知れない。「汁無し」なんてねぇ…、というのが正直なところだった。

 だが目の前に在るのは「ソレ」だった。

 

 

バンコク中央駅(ホアランポーン)から徒歩五分という安ホテルに荷を下ろし、さて、すっかり夕飯時となっていた。駅から宿までの道、その路地に、露店の店が出ていたことに気付いていた。

クッションの中から漏れ出たビーズ玉のように、ポロリポロリと、三軒。それぞれ簡易テーブルを一つ二つと椅子を出していて、人がポツポツ腰を下ろしている。

ここで食うべし、という気がした。そんな玉石混交・喧噪の中で、大きなビルの影に覆われた路地に、屋台が在った。クッションの中から漏れ出たビーズ玉のように、ポロリポロリと、三軒。それぞれ簡易テーブルを一つ二つと椅子を出していて、人がポツポツ腰を下ろしている。

ここで食うべし、という気がした。

何があるのか――っていうか、もう何でもいい。どこでもいい。日も暮れたところであり、いくら徒歩五分以内に宿に戻れるとはいえ、早々に引っ込みたい気持ちもある。

車輪のついた調理台の上で、店の人が肉か野菜を切ったり和えたりしている。或いは炒めたり、或いは炙ったり。しかしそれが何が出来上がるまでの動作なのかわからず、またどれでもいいけれども注文をどうしたらいいのか。

まずは通過儀礼だ。

据わりの悪そうなテーブルを前に、背中を丸くするおじさんが食べているのは、どうやら麺だ。――あぁそうだ。麺の国。

何とか口に出した注文の後、「これね」と運び係のおばさんは面倒見の良さそうなカンジで、ニコッと笑って丼を置いていった。テーブルの前のソレをのぞき込んだ。――と、「ん?」

 首を傾げた。

汁が――「無い」。そしてメンが…太く、ない。ビーフンのような極細麺だ。

「なんで…?」

自分が頼んだのは「汁有り」=「ナームで」ある。麺はきいめんのように太いのが好きだから、確か「センヤイ」と呼ばれるものにしよう。

「センヤイ・ナーム」と口に出したはずだ。

だがやってきたのは、汁なしは「ヘン」。そしてビーフンのような細麺は「センミー」。つまりその丼は呼ぶならば「センミー・ヘン」。

あとで振り返るに、「センヤイ・ナーム」と言ったこちらの言葉が「センミー・ヘン」に聞こえた、というのではなく、そこが「汁無し」のみの店だったのだろう。かつ、たまたまだったのか、センヤイ(太麺)を置いていない店だったのだ(私の経験では、センヤイはおいていない、という店に時々出くわす)。確かに注文の際、店のおばさんが不審な顔とともに訊いてきたのだ。おそらく『うちにはコレ(汁無し細麺=「センミー・ヘン」)しかないんだけど、いい?』といったところだろう。緊張のせいで、どの麺があるかも見えていないし分かってもいないから、うんうん頷くだけでしかなかったが。

 

とりあえず現地のものにタッチ出来れば何でもいい、御の字だ――とか冷や汗出しながら思っていたのにかかわらず、いざ期待枠の外のものが降ってくるとガッカリした。うまく意思表示もできない、その勇気もない自分自身がもどかしい。

ともあれつっかえすことなど出来やしない。

使い込まれてざらついたピンク色のプラスチック丼に、こじんまりと小さな「山」が収まっている。その斜面に刺さったアルミのレンゲが、夕日から譲り受けたようなオレンジの、どこかから吊り下がるポウッしたあかりを照らし返していた。

頂きを飾っているのは、おそらく豚肉チャーシューらしきスライスが数枚と、お好み焼き用イカ天のような、何かカリカリしてそうなものが、一握りもない程。

 山肌に沿い従うのはもやし。残雪のようにまばらに散るのは、緑青々しい、草刈りの跡のようなちょっと長めの刻み葱。

 その下に、「本体」がある。

こげ茶色の汁を纏って輪郭を強調ながらも、底辺でとぐろを巻いているのは、麺。米のメン。

丼の縁に渡された箸が妙に愛しく、懐かしい。

いじけても仕方がない。文字通りこれが新たな世界への「ハシ渡し」かと、救いを求めるよう二本の棒をまず手に取ったのだ。

麺を底から掘り出してみる。既にしっかりと醤油的な調味料色に染まっているその細い線を、ちゅるっと口に入れてみる。…と、「ん?」

いけるのだ。

勢いがある。言うならば、お好み焼きや餃子が煙を上げているような、イケイケモードの味だ。しっかりと濃く、焼きそばのようでもあるが、それよりもぬるりと滴る艶めかしさがあり、また麺の歯応えが生きている。良い部分しかない。ハッカ飴を口にした瞬間のように、「おいしい」しか出ないことの意外に目が覚めた。

要は、バランスなのだ。――と、思い浮かぶのは酢豚である。この定番料理は数多の料理本に調味料の配合が載っているけれども、「これだ」とピッタリくる味に出合うことは稀だ。おそらくそれは、本にある肉や野菜の量と、実際のこちらの量の割合にも因るのだろう、簡単なようで簡単にいかない。

「調味料をただ和えるだけだ」――なんて言い捨てていたが、ただ和えていて、ただ「ウマく」はならないのである。

おばさんを遠目で見た。まとまってやって来たお客の為の丼に、数種の調味料だか粉末だかを加えてゆくその手つきは手裏剣を飛ばす如きであり、計量スプーンで測ったりなどしていない。――これぞ、「技」。

 タイ、だけでなく近隣の国でもそうなのだが、「汁無し」にしろ「有り」にしろ、また「炒め」にしろ、テーブルに麺を出されたら、客は口にするその前に、傍らに置かれているはずの唐辛子・砂糖・ナンプラー魚醬油)といった「調味料セット」に手を伸ばし、好きなだけ振りかけて、最終的に自分で味を決めるもんである。だがこの時の私は精神的にそんな「余裕」は無く、ただただこの「初タイの味」を体全体に取り込むことに夢中集中していた。おそらく、テーブルの上にセットがあることにも気付いてなかったろう。

 

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毎晩ティータイム ~英国・ボーンマス

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チョコレート・ファッジ・ケーキ

   (ケーキ生地用)

  • 卵…二個
  • ミルク…一カップ
  • ブランウンシュガー…300グラム
  • ココア…スプーン4杯
  • 小麦粉…360グラム
  • ベーキングソーダ…スプーン一杯

〈アイシング用〉

  • バター…90グラム
  • ココア…スプーン4杯
  • ミルク…スプーン6杯
  • 粉砂糖…300グラム

作り方

〈ケーキ〉

 マフィン型にはバター(分量外)を塗っておく。オーブンは180℃に余熱しておく。

①ボールに小麦粉の半分を残し、材料全部をミキサーで混ぜる。

②残りの小麦粉をサックリと混ぜる。

③型に入れ、オーブンで十五分ぐらい焼く

〈アイシング〉

①バターをレンジで溶かす。

②その中にココアを混ぜて、再び三十秒ほどレンジ。

③さらにミルクを加えて混ぜ、そのあと粉砂糖も加えてよく混ぜる。

④焼き上がってほどほどに冷めたケーキの上部に塗りつける。

 

 大学時代、二週間ばかり英国の家庭で世話になったことがある。いわゆるホームステイだ。

英語を学びに。…ってのは口実であり、旅行者というよりはちと腰を据え「生活者」になり、その地を見てみたかったのだが、ともあれ。

ホストファミリーは三十代後半と思われる若い夫婦に、ちびっ子からお年頃までの三人娘という五人家族。…って、えぇ、いづらくないかと、ほぼ一人っこに育った私としては、ポンとその中に突然現れどう振舞えばいいのか、到着前は少々緊張かつ後悔していたが、まぁ、事前の心配というのはたいてい杞憂なもんである。

二週間という短期間だった。食事は、学校に行く月曜日から金曜日までは朝と晩、土日は三食がおうちにて提供される運びとなっていた。

朝食は牧師で教会勤めの父さんが用意する、というのが一家で決まっていた。母さんは専業主婦だが体が弱く、なんでも十二時間は眠らないと影響が出てくるとかで、こちらが学校に行くために身支度する時間・朝七時とか八時とかには姿を見せることは無かった。

もちろん娘たちの朝食分もすべてだ。といってもコーンフレークにトースト、そして紅茶という簡単なもので、なるほど調理は出来ないけど用意はできる人のメニューだが、それにしても感心したもんだった。炊事は勿論のこと、箸の用意から一切まかせっきりの、ウチをはじめ日本の多くのパパに、爪のアカでも…と。まぁ今は日本も意識が変わり、知事が「イケメンパパ」を実践して促進することを広報するなどしているけど。栄養バランスが気になるが、コーンフレークの箱につらつら書いてあるのを目にし、頭で納得することにした。

とはいえやはり実際、日々の主たる炊事は母さんが担当であり、しっかり充電したわよ、とばかりに夕食には日々様々なオカズが並べられていた。

たいてい、メインがあり、野菜等の副菜が添えられる。

メインは日替わりだ。チキンの煮込みだったり、羊肉とトマトを使ってマッシュポテトを被せて焼いた、シェパーズパイ。ロースト・ラムのミントソース添えや、パイ生地に卵混合液と具を流し込んだ、キッシュ。

時に「あ、疲れているのかも」という、ハムとパイナップル炒めという短時間に出来るものや、出来合いのコーニッシュパスティ(ポテト、肉、玉ねぎが入ったパイ)やポークパイ、魚のフライが出てくることもあるけれども、たいてい手作りされていた。うちの母がまたぼやかない日がないのだが、毎度毎度、メニューを考えるのも大変だろう。

副菜はたいてい、トマトレタス等の生野菜ときにキャベツ等茹で野菜、時に豆の煮込みで、たまにパン(夕食では食パンではなくフランスパン)が添えられる。

そして必ず、茹でたり焼いたりのジャガイモがあった。食べる前に、ゴロゴロした出来たてが必ず。さすがイモ大食の地、日本の米に相当する立ち位置だ。

そのライスはというと、おぉ、サラダの具として扱われるモンなんだなとか、イモにパンを添えるなんてダブル炭水化物だなとか、全体的に野菜が少なくて便秘になりそうな気がするだとか、つらつら思いながらも「郷に入っては」精神であれやこれや、余さずツルツル平らげていた。もともと、ハンバーグに混入されていた玉ねぎがナマっぽい、というの以外、食べ物に好き嫌いは無い人間である。

というわけで夕食時、煮炊き芳しい幸せに便乗する日々にあったわけだが、そんななか、カルチャーショックというほどでもないが、悩ましい戸惑いゴトが、ひとつ。

必ず食後には、デザートがつく。

このデザートが、いかにも「デザート」らしくツルッと喉ごしよい、例えばプリンとかアイスではない。…いや、アイスもあったが、それは「ソース」として添えらるべきものという感があったか。つまりはアフタヌーンティーに並んでもおかしくない、改めて胃を空けてから挑むようなしっかりモグモグと食むべしの、ケーキ類なのだ。

具体的に挙げると、あぁアレうまかったなぁ・真っ先に思い出されるのは、アップルパイのカスタードクリーム添え。マドレーヌ生地にバタークリームをちょんと載せた、たバタフライケーキ。チョコレートケーキ。パイナップルケーキ。トライフル。…とは、細かくほぐしたスポンジケーキをフルーツとゼリー液で固め、上にカスタードクリームをかけて食べるパフェのようなものもの。英国伝統のスコーンはいわずもがな。(…っていうかこれは、本場の家庭モノが食べたいとこちらからリクエスト)。

どれもほぼ、手作りだ。時にお姑さんが「コレは私の十八番よ」と、桃のパイや、ルバーブのクランブル(ルバーブの甘煮の上に、バターと小麦粉・砂糖で作った、砕いたクッキーのようなソボロが載せてある)を持ってくる時もある。

ケーキ型は大きく、一度焼いたら二日続いたりするのだが、昨日はカスタードクリーム添えだったが今日はアイス(これは市販)を添えて、と変化をつける。アップルパイも、中に入れるりんごの甘煮が余ればそれだけを、アイスかカスタードクリームかの二択をたっぷり添えれば、「皮」が無くともそれはそれで、立派にボリュームのあるデザートになった。もっと「デザートらしい」・つまり口どけバージョンをあげるとするなら、ファミリーサイズで買いこんであるアイスをドンとテーブルの上に持ってきて、取り分ける。今日は作る時間が無かったんだな、と思っていると、クッキーをグラスに分けたアイスに突き刺してくれて、「歯応え」がついた。…あぁ、これを、焼いたんですね…。

どぎまぎした。

テレビを見ながら、みかんをコタツでホグホグむくというのとは異なる。ってべつにミカンを見下しているわけじゃないんだけど、それらは紅茶かコーヒーを添え、じっと見つめて口に入れたいケーキ類だ。それを食後に毎日というのは、連日レストランにいるようなものであり、贅沢三昧をしているような罪悪感…というよりも、要はダイエット問題に取り組む真っ盛りのお年頃。晩飯のあとに果物を食う、という習慣ならば、高校時代まで我が家にもあったものの、それより後は「果糖は太る」という情報に惑わされ拒絶していた。

体重がチラつかないわけはなく、いいのだろうか、いいのだろうか…と、罪の意識を募らせる。だが出されておいて、「太るから明日の朝に食べる」など、とても言う神経はなかった。当時そういう言葉がはやされてはいなかったが、まさに「空気を読み」従い、恐る恐る歩み出るのみ。…したれば、舌から来る官能に、ココロはバラ色大歓迎で喜んでいる。…でも、と困惑もぬぐえず、心中は複雑模様でがじがじだ。

紅茶と共に口にするとこれまた、グルタミン酸イノシン酸の相乗効果的に勝るとも劣らない旨さがあった。まさに紅茶を飲むところであり、その為に存在しているような累々たる菓子。それらとの日々の接触は、私の中にピンと張ってあった線を弾き、弾き…、やがてプチンと切ってしまったのである。

夜にケーキを食うという「ダイエットの禁」を犯すことは背中に重く、頭から拭い去れない。だがこれをあえて無視することの意義とは?人生一度しかない。ここに存在しているのは今、この瞬間しかないのだ――なんて思ったらもう、牙城は簡単に崩落である。

晩のティータイムが楽しみで楽しみで、おかわりまでかかさなくなってしまった。滞在日が最後に近づく頃にはケーキ三つ目に手を出すようになっていた。また私自身が「菓子作りが好きです」などと言うモンだから、母さんは作る時に声をかけてくれて、コツなど交えながら見せてくれる。こうなれば輪をかけて喜び、大食いせねばならないと、たった二週間で私は「丸くなったね」と言われて帰国したのである。当然の帰結だ。

 

チョコレートケーキは、その日々うちの一つだ。バターケーキ系の配合であり、マフィン型で小さく、ひとつずつに焼き上げられている。

 作り方は至極簡単。説明書きそのままに、これでいいのか、というほどにぶっきらぼうというか大雑把。半量とはいえ小麦粉も一緒に電気ミキサーで回すぅ?――でも出来上がりはちゃんとケーキになっているから、『小麦粉を生地と合わせる際は、卵の気泡を消さず、かつ粉のグルテン(粘る性質)を出さないように、サックリと慎重に混ぜなければならない』…云々の、ケーキ作りといって眉の下がる、あのクソ細かい神経遣いとは果たして何だろうかと呆気にとられてくるが。

 砂糖の量におののく。また粉のわりには卵が少なく、膨らみはベーキングソーダの力に因るのだろう。

で、なんといってもこれに仕上げとして、「アイシング」をミニケーキのトップに富士を覆う雪よろしく塗るのだが、これがまた、ひぃ、と網膜剥がれる思いのするバターと砂糖の量である。ホットケーキの上に、四角いバター塊を載せることをじっとこらえる乙女たちは直視できまい。生地に含まれるだけでも相当なのに、たかが飾り、されど…。

そりゃ全部ひとりで食べるわけじゃなく、全量まるごと体に吸収されるわけじゃないんだけれども(全部で二十個弱)、グラムw見るだけでやけっぱちな気分になるようだ。そしてこれがまた、TEAに憎らしいぐらいにぴったりなのである。

体調への影響は果たしてどうだったのか、お母さん。たまには買ってきたものも出したかったんじゃないかと思うが、「作るの好き」と言ったばかりに、体を押して作って見せてくれたのではないかと、メモを振り返ってみてつくづくと。

せっかく頂いたレシピだ。ならばその誠意を汲み、砂糖控えめなどせずにそのままを再現すべだろう。…けど清水から飛び降りる覚悟が、そう何度も出来ないというか、まだ一度しか試せていない。