主に、旅の炭水化物

各地、食風景の点描

遠野の餅③ ~搗いてこそ餅

遠野の餅① ~胡桃ダレをつけて - 主に、旅の炭水化物

遠野の餅② ~胡桃を擦る - 主に、旅の炭水化物

 

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正月の雑煮から始まって、それから約三か月間は毎日それが朝食である。ウチは両親の実家が鳥取であるから、雑煮はかの地の定番「小豆雑煮」・つまり俗に言う「ぜんざい」であり、甘いモン好きでもある自分にとっては、この時期の朝、目を覚ますそのたんびに嬉しい。そのためには、夜はなるべく胃もたれしないよう暴食は避けようと心がけるほどだ。

餅――「大好き」などという言葉を越えた執着が、私にはある。「太る」なんて躊躇は、ソレを前にしてはあまりに弱い、弱い。「最期の晩餐」を問われれば、もちろんソレを選ぶだろうが、自分の死因とは「モチで喉を詰まらせる」ではないかと冗談抜きで思う。餅好きとして、餅を食いながら死ぬのは本望、…なんてウッカリ言いそうになるけれども、好きな餅に苦しみうなされながらの最期なんて怖い。まさにスッカリ信頼していた人間の裏切られたかのように、甚だしく悲しい地獄ではないか

ともあれ、我が家には「家庭用餅つき機」がある。約三か月間餅を大量に消費するのだからして、当然正月に一度搗いて終わり、とはいかず、機械の容量最大に搗いて、終わっちゃあまた搗く。搗きたてを食べられるという、充実感に漲る時を、何度か過ごすのだ。

ナゼ三か月かというと、しきたりなど尤もらしい理由は特になく、長袖Tシャツ一枚でも過ごせる春が到来すると、それまでは極上に有難くあった湯気立ち昇る小豆汁の温もり、そしてそれに絡まる甘味が、鬱陶しく感じられてくるためであり、単純に「さすがに飽きてくる」。最初から最後まで一つの味付けである「餅」に比べ、ご飯メニューの、味噌汁や漬物、煮物の残りや卵焼きなどが添う「変化」が欲しくなる。ジャムを塗り、ゆで卵を添えてトーストを食べている母が羨ましくなる。白状すれば、「餅」にこだわるのはウチの伝統というわけでは全くなく、餅に対する偏愛は家族内でも「私」に限るんだけれども、毎年、そのピークが落ち着いて、そろそろ潮時となるのがだいたいお彼岸の時期だ。固めの煮小豆・「アンコ」を心置きなく堪能するのをトドメに、しばしこの類に別れを告げなさい、と自分に合図を送る。

とはいってもそれ以降、次の正月まで全く餅を食べないわけでもない。毎朝たべない・つまり自分ちで搗くことがなくなるだけであって、店で目にしたら当然欲しい。とはいえたいてい一個が百円ぐらいと、ウチで好き放題に搗きまくっていた冬を思えば馬鹿らしくもなるからそうメッタやたらには買わないが、平餅、餡餅、柏餅に桜餅、みたらし団子…。一応は手に持ち上げて、「おいしそうだなぁ…」と、それらが入ったパックを一通り持ち上げてみて、数秒は見つめている。買いはしないけど買うかの如くたたずんでいる、店員には余計な期待を持たせるちょっと迷惑な客なのである。

 

ともあれ。話は遠野の餅であり、さぁ搗く。――のは、早朝。

 朝二時に起きるという。…だわなぁ。そうなるわなぁ。

じゃあ私も。…いや、洗面所とかなんとか、丁度一緒になると気を遣わせるだろうから、ちょっとずらして二時十分、いや十五分起床を目指そう。

と思ったら二時半になっていた。

慌てて支度し、工房に向かったのが三時前。おかあさんはとっくに正装している。テレビの料理人で見るような白衣に、羽織り、腰巻きエプロンをキュッと回した職人の姿。…に、シャンプーハット。なんでも、髪の毛が入っているという苦情が寄せられたならば、産直市の回覧板かなんかに実名で公表されるらしい。げに恐ろしや。

「遅れました」と近付くと、鍋の準備やら、湯を沸かしたりの下ごしらえ云々を済ませ、いまから米の水を切るところだという。そして「蒸し」の開始という、餅作りが本腰にスタートするところであり、おぉ、ちょうどいい寝過ごし方だった。…って下ごしらえから手伝えよ、というモンであるが。

餅は、モチ米。…って当たり前なんだけれども、大量生産の餅、そのパッケージの裏を見てみると、「モチ米」ではなく、「モチ米粉」と表示されているものが結構ある。モトはもち米なんだし、粉砕されているか・いないかというだけで同じなんじゃないの――?というと、違う。食感が違う。粘りに執念深い力が宿っているのは、「モチ米」で搗いた餅だ。

バケツの中で一晩以上水に浸かっていた米を、大きなザルに受ける。八分目の米、加えて水もタプタプに入ったのをシンクまで持ち上げるのは結構な力仕事だが、いつもと同じとでもいうように、ヒョイ。その腕にはスイッチが既に入り、おかあさんは水の流れに載る米を、ザルの外側に散らさないようにと集中していた。「押さえておいてね」と言われてザルを支えるこちらは一方、全くもって何の踏ん張りも要らず、すんませんというか、ちょっと情けないヒトに見える気がする。

 炊き出しにでも行くかのような、大ザル盛りの米。それをまた、大きな蒸し器の中へと移す。

直径40センチか50センチかの二段構え・その上段の穴の開いた鍋底に、ガーゼというにはもう少し強い地の、網目の布を二重に敷いてシンクに横付けする。米の重みで布がズってしまうだろうから、「押さえておいてね」はやっぱり私の方。おかあさんがザルを持ち上げて傾け、のち、積もりゆく米を平らに馴らしてゆく。

 シンクの隣には中華料理屋でもいけるだろう、かなり大きい二口コンロがあり、一方には使い込まれた大きなやかんが蒸気をしゃんしゃんと吹いている。もう一方に蒸し器下段を置き、その中へ「気を付けてね」と言われながらやかんの熱湯を注いだら、強火だ。その湯気モクモクを覆うよう、米の入った蒸し段を置く。

 そういえば、おかあさんはそれほど背が高いわけではなく、それどころか八十過ぎていることもあって少々背中は丸いのだが、だからといって高くてやり難い、という風ではなさそうだ。シンクもガス台も作業台も、具合滑らかな位置に見える。

そこも、モチロンぬかりない、か。――というのも、おとうさんが設計した厨房だという。

シンクの配置、調理台の選定。もともと餅屋を始めるまで、自営業として台所の設計をしていたらしく、おかあさんはその事務をしていた。「ウチ(住まい)の台所もね。この私がやったわけよ」

なるほど、この工房自体が、おかあさんへの愛が詰まったプレゼント、というわけである。…って、そのおとうさんはどこに?というと、いまは多分事務部屋だ。ここで「餅作り」とは、おかあさんが主役。おかあさん在ってこそコトが回るのであり、おとうさんはというと、経理とか注文受けだとかの事務、そして産直市や直接お客さんのとこへ品の配達係を担っている。餅づくりにおいては、お母さんが仕上げた餅やまんじゅうの包装・梱包をしたり、搗く米を洗っておいてくれたりなどの、アシスタント役。かつて設計の仕事をしていた時分と、立場がほぼ逆になった、ともいえる。と、あとは餅・まんじゅうの出来の判定役だ。「文句はしょっちゅうつけるよ。味見はオレの仕事だ。」

作りはしないけど文句は付ける、なんてのは、都合いいこと言ってんじゃないわよとも言いたくはなろうが、作業にないからこそ冷静な目になれるともいえる…か。

ともあれおとうさんは、姿が常に工房に在るとは限らないとうわけで、いまの時間はまだお休み中でもいい。…んだけど同じく早起きしていて、「コーヒー飲みなさいよ」なんて声をかけてくれるし、いまは私がその役を取ってしまっているが、普段はザルを押さえたりもきっとしている。

『広島に餅、もって帰りなさいね』と言われ、わぁラッキー、と頷きはした。だがどう見てもこの米は、一升…いやもっとありそう。当然、産直市に出す品のついでに多めに仕込んでいるのだろうと思えば、「今日は、別に注文があって忙しいから」。じゃあそのついでかというと、その分はもうちゃんと、と、指の差す先には別のバケツがあり、中にもち米が浸っていた。

つまり今蒸しているコレ、全部が広島用だという。「エ?」と思わず訊き返してしまう。

「送ればいいからね。」

 

モチ米は、遠野産。しかも「妹の息子が作っているの」。

ほぅ…、まさに「ウチ」の感・濃ゆい餅。異郷の人間としては、より遠野の実生活に分け入っている感アリアリで嬉しい。

ジジジっと小さく呟いているタイマーが、懐かしい。昔うちの台所にあったのとまさに同じヤツだ。それを三十分に合わせていたが、半ばでもう既に甘い香りが脳にホッホッとタッチする――のに対して、甦るのは厳しい記憶。『これが鳴るまで、そこから動いちゃダメよ!』ピアノの前に座り、メソメソしながら手を動かしている自分。

やがて、そう、昔の始業ベルみたいな音がして、蓋を開ければ――玉手箱。わさわさの湯気を噴き出すと同時に、ピアノの記憶もまたすっかり蒸気の彼方へと消えてしまった。ストレートに意思表示する匂いの塊に押され、目が細まり、口元が緩む。このままパックリいきたい。搗く前の、蒸したてのヤツを盗み食いするのがまたウマいんだよなぁ…、――なことは毎日毎日の繰り返しで、もはや食わずとも舌にあるという、仙人の境地だろうか。次の作業へと移るおかあさんとはあまりにクールであり、きっと、洗濯機のブザーが鳴ったときの反応とそれほど変わらない。

湯気の容赦ない攻撃を受けながら、摘み上げるのは一口分の米ではなく、敷いたネット布の端っこ。「アッチチ」と言いたそうなのを口元にちょっとだけうかがわせながら、ホッ、ホッ、と、そのまま持ってゆく先とは、「神器」――壁際の、餅つき機。にセットされている、シックなブラックの臼の中だ。蒸し米はベロンと網から剥がれ、その中へとストンと一気に落としこまれる。

かき氷機と受け皿、のような感じで、臼は機械にがっちりと固定されており、その真上には表面がゴム素材の「杵」が取り付けられている。静かなること山の如し。ジッと目を閉じ、「その時」を待っているのだ。

 

「あとは機械がするんだもん。」

と、頭の位置についた四つか五つのボタンのうち、ひとつのつまみを回してから、別のボタンをグッと押した。臼はイベントの際に見かけるような大きさであり、機械だからといって特別にデカいというわけではないが、ウチの家庭用餅搗き器がそうであるようにテフロン的な加工が施されているようで、黒光りしている。

 動いた。回った――のは、固定されていた臼。と、その中へと少々カーブして延びている、指よりも太い棒だ。それが、次第に餅米を「塊」へとまとめてゆく。モワモワと燃えるような湯気に惑わされず、十秒か、いやもう少しだろうか、まとまってきたその白い肌に皺が見えるようになってきたのをおかあさんはじっと見つめたまま、また別のスイッチをグッと押した。――と、深呼吸する間もなく、いきなり杵は目を覚まし、「ドシドシ」とピストン運動を開始した。

杵はゴム素材という今どきの業務機器であり、使用後のお手入れにウンザリ後ずさる感じもなさそうだが、臼のど真ん中をズドンズドンと直撃し続ける様とはなんだかとても「大ごと」であり、その迫力に呆気にとられる。

湯気もろともにまともにパンチを食わされる塊は、真ん中に大きなくぼみを作っては回り、また殴られては懲りなく回り……。旨く設計されたもんだ、棒はちょうどぶつからない位置でひとり回り続けながらも、餅をまんべんなく搗かせる為の抑えにもなっている。

おかあさんはその行く様をじっと見守り、時にボタンを押して杵を止めたり、再開させたり。回転棒が餅を捏ねくることによって出来る「皺」の具合とか、搗くたびに鳴る「ネチャ、ネチャ、」とした音の具合で、餅の状態を把握し、調整しているようだ。時に、臼の内側に貼りつき、どうにも動けず痒がっている生地を中心にやろうと、ドシドシまっ最中にも手を出したりするから、「あぶなっ」と思わず声が漏れそうになった。その目――我がやらねば誰がやる、と、言わずとも伝わってくる。

家庭用餅つき機器ではこの「ドシドシ」が、つまり杵が無く、臼の底に付いている回転ばねで、餅生地をこねくり回す。私も長年ソレを見つめ、親しんできたのであり、これが無かったら自分の餅人生どうであったかと思うと、有難いことこの上ない家電だ。

だがずっと――幼い時分から、心の中に違和感がなくもなかった。コレを使って「餅を搗く」――「搗い」てはない、よね。

でもまあ、家で、家族だけでやるもんなんだから。杵まで付いた大掛かりな機械なんて現実的じゃなく、「杵を使ったような効果」がこの臼の中で展開されているならそれでいい。「火」を目にせずとも、炊飯器のスイッチを押せばそれはご飯を「炊く」と言うように、臼の中で、ブルブル震動してグルグル回った結果、びよーんと伸びる、まさに餅状態になる効果が出るのであれば、それで「搗く」と言い換えても問題ない、気がしていた。…が。

言い換えていいのか――と、いま、まさに思う。

この「ズドズド」こそ、「搗く」という行為の機械化だろう。下っ腹を殴られる迫力の前には、やはりブルブルグルグルはブルブルグルグルでしかなかったと、「家庭用」の限界を見た気がする。あれは餅「搗き」ではなく、餅「練り」だった。

やはり、打ち付けられるその臨場感は違う。脳天がかち割られるんじゃないか、ということをチラとでも想像してしまうその振動を前にするとき、「餅搗き」という言葉に、ようやく血が通ったのを実感できる。たとえ、メーカーが科学的な分析により、「搗いた」のと同じ効果が得られますと宣伝しても、この違和感の解消には繋がらないだろう。

ドシドシの、ココロに打ち付けられてゆく実感――搗いてこそ「餅」だ。

――なんて、その感動にほだされても、じゃあ杵を、せめてソレのついた機械を購入しようなんてことにはならず、まぁ「餅練り」でもそこそこの味なんだしと、結局はソレに甘んじるのであるが。これから先、生涯「搗く」ということに矛盾を抱きながらも、家で餅を「搗いた」と言い、それを食い続けることだろう。

 

「できた」

…と、ボタンを押したのは、果たして時間がどれくらい経ったのか。急に静かになった瞬間浮上した、餅の輝きといったら。

「――白いね。」

当たり前なんだけれども、思わず。指で触らずとも食わずとも、見ただけで滑らかな感触が伝わる艶やかな「白」は、マラソンを完走したランナーのように、為すべきことを遂げた、という誇りをまとうかのようだ。

「きれぇいな、餅だぁ…」

経験値ハイレベルなお母さんでさえ、奥から掘り出すような声で、そっと呟いた。

「日によってね、いくら搗いてもイマイチな時もあるんだけど、今日のはホント、イイ餅だよぅ…。」

なんとも、正直である。

 

脇のタライに溜めた水で腕までをしっかりと濡らし、臼の底にジッとなった餅をなだめるように抱え上げたら、傍らの椅子の上、臼と同じ高さにある金色アルミボールの中へと移す。…いつの間に、ボールがここに。臼の回転・「ズドズド」にその視線を吸い取られているその間に、見逃していた細々なことは、きっとまだあるに違いない。

ってほら、調理台へと向かうと、その面積の半分を覆う程の白い綿布が、これまたいつの間にか広げられている。おかあさんはその上に、小さなボール容器から粉を大きく振り撒いた。

「『とり粉』ね」

要はくっつき防止に振る粉で、餅を取扱う意味そのままに「餅とり粉」とも呼ばれるもの。二、三度パッパッとはたいたところに金のボールを傾けると、ボールの内側にも予め粉が撒かれていたようで、何よ、とか言いながらも、餅は結構簡単にゴロンと転がる。

とり粉を更にまぶすよう、餅生地の表面に触れてゆく。と、たぽん、たぽん…。震えるその様子に何を連想するかといえば、――まさに、「腹」。或いは、バイバイと手を振る時に揺れている、二の腕にぶら下がる肉だ。

ボヨンと寝そべる塊・そのど真ん中あたりの「一点」目がけて、生地を四方の端っこから摘み上げ、集めるようにする。つまり巾着のように。そうしてそれをひょいっと、猫を抱くように底からすくい上げてひっくり返したら、そのまま、いつのまにか(…ってやっぱり餅に見惚れている間に)傍らに在った、スチロールトレイの上へと載せた。大家族用焼肉というか、コピー用紙二枚分ぐらいあるだろうその上に、ベローンと。

ん? 一個ずつに千切り分けてゆくのだろうと思っていたが、塊まるまる。これで餅の成形は終わりのようだ。

裏(底)で一点に摘まみ寄せられたことで、オモテの肌は、髪をポニーテールに括ったバレーボール部員のおデコのように張っている。皺ひとつない。雪のようなまっさらな美しさに、頬ずりしたい衝動に駆られて千地に乱れる。

おかあさんを見た。

目を細め、その出来に十分満足であることが言わずもがな。「ね、」の一言で通じ合えてしまった。作り手にとっても充実漲る出来栄え――これを私が頂くことができるなんて、と、餅好き冥利に尽きるというものである。

「上出来だ。」

おとうさんだ。近づいて来て、それに向かい、いい子だ、とでもいいたげな。

……なんだけれども。

「これを、切りなさいね。切って、冷凍しておいたら、いつでも食べられるから。」

「うん」と、一応は素直に答えはする。つまりこれは、後に一個の大きさに切り分ける「のし餅」である。…んだけれども。

…切れるのだろうか。この、ベローンを。

うちでも餅を切って角餅にするが、それは厚み一センチだか二センチだかに、平たく押し広げてあるものを切る。だがこれは随分と、…百科事典的に分厚く、カステラぐらいあるんだけど。

まず半分ぐらいに切って、それをかき餅を作るときのように、かまぼこ的に?――餅で、このような完成形を目にしたのは初めてであり、切り分ける術が一瞬思い浮かばず、この巨大な塊に箸を突っ込んでひとり、まるまるを顎でひっぱりあげる図を想像なんてしてしまった。

これを送るのは明日の朝。到着はさらにその次であり、それも午前中なのか午後になるのか。きっとガチガチに固くなっているはずであり、――ウチにチェイソーは無い。

送るならば、搗きたての今、もう送ってしまった方がいいんじゃないか。…というと、熱で汗をかくから止めた方がいいとのことだ。…ですわなぁ。餅の熱を逃がしきらないままダンボールに包んでは、その熱を、一緒に梱包する胡桃ダレにも一日保持させることになる。胡桃ダレに関しては、「(家に届いたら)すぐに冷凍庫に入れなさい。冷蔵庫じゃなくて、『冷凍』よ」と念押しされるぐらいなのであり、絶対によろしくない。

大丈夫かなぁ…。

なんて眉を寄せてみても、遠野をあとにしてもまだ数日間「旅」が続く自分としては、その役を両親に丸投げするしかない。「切っておいてね」――ガチガチに固い巨大餅を前に、茫然とする父の顔が思い浮かぶようだ。鍛冶職人のように、ヤケクソ的にトンカチを振りかざして「割る」のだろうか。でもこの綺麗な餅が、バラバラの破片になるのは勿体ないなぁ…って、私は好きなことを言うだけの、全くもってナニサマないい身分。

ウチでは餅に関してはレンジ厳禁なのだが(味の問題で)、切り易くするための使用はこの際、まぁ目をつぶろうか。とはいえ、こちらからあえてその提案はするまい。なるべくレンジを思い浮かべることなく、昔ながらの鏡開きだと思って、ヨロシクあとは頼まれて欲しい。

 

さてその後。果たしてどのような事態に――と、恐る恐る電話してみた。

「全然、柔らかいねぇ。」

ずっこけそうになった。その意外な反応に拍子抜けして、「全然」と肯定形を組み合わせるのはヘン、…なんてメンドくさいこと言いたくなる違和感さえどうでもいい。

固くて切れなかった云々ではなく、しょっぱなから餅の味、その柔らかさに話がすっ飛んでいるのである。――餅は、ちゃんと切れたのだろうか。

「ん?切れたよ?」

なんで?とでもいうようなその返事。餅は、発送した翌日の、午前中には到着したらしく、つまり搗いた日の翌々日だ。…そんなはずはないだろう。あの餅の巨大さ、分厚さに対して、どうしてそんなに平然としているのか。「まぁ分厚いこと、切りにくかったんだよ」とか、一言ぐらいあって然るべきではないのか――と思った瞬間、氷解した。

「分厚い餅」。…そうか、そのせいか。

厚みの度合いだ。

ウチで切る場合は大きく押し伸ばす。つまり「薄い」から、冷めるのも早く、即ち乾燥して固くなるのも早い。だが一升(「以上」はある、とやはり母も言った)もある餅の、カステラ的・百科事典的な分厚い塊であるならば、その内部の熱が逃げるのは容易ではない。空気に触れる餅の表面はとっとと冷めて乾燥するだろうが、地殻の内部で燻るマグマのように、内部事情としては暫く搗きたて状態が保持されることになる、ということえはないか。よって冷める=固くなる時間もゆっくりとなる――デカく厚く、であればあるほどだ。つまりその状態が、ウチの場合はまさに好都合とだったということである。

ナント――…。

一つ一つを丸めるのはまぁ確かに手間だろうが、「ベローン」じゃなくて、せめて、なまこを二本に分けてくれた方がまだ切り易いのでは――と、心の底で実は思っていた。が、全くもってそれはシロウト考えだ。

まさにあの形状は必然、包丁の刃をあてる時間稼ぎとしては、丁度良かったのである。なんと思慮された餅作りであったことか――とかいうと、「あ、そう?」なんておかあさんのすっとぼけた、タマタマだったという反応も想像できなくもないんだけど。

「柔らかい餅だねぇ」

「杵でついているからね。そりゃウチでやるのとは違うよ。」

と、私はさも知ったげに、自慢げに。鼻を膨らませて携帯を握りしめるのだ。

まさしくそれは、搗いてこその餅。

餅世界の、餅。

                               (訪問時2015年)

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