主に、旅の炭水化物

各地、食風景の点描

熱工房 ~ サワンナケートのカオチー② 

 

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カッとんだ太陽の光を受けた、濃い木陰。

そんな、シンとした暗さに「工房」はあった。

埃のような、木材のような、いや、味噌のような――?倉庫の中のように、そこに在るさまざまなものがじっと息を潜めた匂いが、七、八坪ほどの空間を纏っていた。だが、言うならばそれは「動」のイメージに満ちている。置物のように肌をボロボロした老木でも、その体内では大地と太陽のエネルギーを吸収しながら「生」を繋ぐ壮大な営みが展開され続けているように、シンと静まり返ってはいても、こちらの目には見えないだけで「何か」はきっとこの空間を活発に動き回っていると想像ができる、「生きている」匂いだ。

蛍光灯は天井のスミにくっついているけれども、昼間だから点けないのだ…というか、このクソ暑苦しいのに点けたらもっと鬱陶しくなるだろう。ガラスなど貼らない通気口のような窓、そして天井――上にちょっと載せただけのような、スコールにぶち抜かれんじゃないか思わずにはいられない、軽そうなトタン屋根。そして、その壁との隙間から差し込んでくる太陽の光が、部屋の中を「今は昼です」と告げている。その明かりで十分、か。

 「窯」もまた、黙りこくってその隅にじっと佇んでいる。

コンクリートの肌は黒ずみ、その色とはもはや、その正面にはまっている鉄扉と変わらない。微妙にグラデーションを作る、自らの体臭のように奥深いところにまで染み込んだ暗黒色には、火だって何だってびくともしないような貫録があった。

隣接する、生活用の家屋と仕切っている壁は青いペンキで塗り直されてはいるが、ここを囲むコンクリート壁もまた、木肌かと見まごう程に焦げ色に染まっているから、この空間はいっそう暗く沈み込んでいるように感じる。だからこそ陽の光の煌めき、そして、赤い炎のゆらめきが、――生きる。心に訴える。

 

四角い――ような、窯。

高さは身長155センチの私の肩程で、幅は約三メートル。奥行きはテントの支柱ぐらいはあるだろうか。「四角い」というカッキリとした角ある線は真正面からの姿であり、ちょっと斜め横から見れば、コーナーは少々崩れ、その厚さ5センチ程のコンクリート層のすぐ奥に、石を積み重ねた壁が現れているのに気付く。なるほど、コンクリートは単なる覆いであって、「窯」と言えるのはその石壁の内側なのだ。そしてその天井には、人が粘土をペタペタと手で固めたような輪郭でウネっており、所々、含んでいる大きな石の姿を素直にボコッと浮き上がらせていた。

山を貫くツルッとした輪郭のトンネルよりも、大昔から手つかずの、いかにも石が落っこちてきそうな洞窟の方に「おぉ」と声を上げてしまうように、崩れているにも拘らず、いや崩れているからこそ、ワイルドな見た目がいかにも「重厚」だ。…というか、それは崩れているというよりも、「覆いなんて、そこまでカッキリしなくてもいいんじゃないの?」とテキトーなところで(塗り固めるのを)止めたんじゃないだろかと想像できなくもないんだけど、それがかえって「使い込まれてもう何百年」とでもいう、遺跡に似た空気を醸し出しており、この空間の「主」である威厳を放っているのだ。

炎が二つ、その股下のような「個室」にいる。

鉄扉はタンスの引き出しのように横長・長方形なのが四つ――上下二段・二列ではめ込まれており、そのタテ列の真下にそれぞれ開かれたトンネルの中で、揺らめいている。時々、蛍のような明るいオレンジ色の火の粉をプッと遠くまで飛ばしながら。

そう、電気でもなく、またガスを使うのでもない。窯を温めているのはそれ・木で熾した炎である。

窯を見やれば否応なく目に入る、傍らに寄せられている木材は、カットされて、そのまま柱として組めそうなものから、棚にするような厚みの板だったり、或いは生えていたのをただブった切っただけのような、荒れた素肌を晒したものなどが、これから小屋でも建てるのだろうかという程に積まれていた。長さはまちまちだが、殆どが窯の奥行きよりも長いから、そこからエッコラショと何本か抱え出し、トンネルへコラショっとくべられたなら、木は当然投入口からびゅっとはみ出てしまう。黄金にも見える赤い炎を抱えた窯は、まるで口にポッキーでもくわえているかのようにそれをムシャムシャと齧り、火はパチパチと空間を奏でながら、与えられた糧を赤く同化し、舞い続ける。

激しくはないが、安定したリズムで居座るその姿に、――静かなること山の如し。…って山じゃないけど、いまここを見据え、支配している最たるものの「魂」を思った。神聖――だけど、ちょっと怖くもある。その調べとは、窯というものに塞がれて一応は正気を保ってはいるが、いつ暴れ出してもいいんだけど、という脅迫さえ内包している。いったい実態とは、色なのか、熱なのか。揺れ動く美しさに見惚れながら、キミに急所はあるのか、今の心境はどんなもの?――などと考えているうち、魂の骨を抜かれたようにボーっとなった自分にふと、気づく。

床の上で直接燃えている。道路のようなコンクリート床だからまぁ大丈夫なのだろうが、炎周辺は熱いし灰と一体化しているから、屋内とはいえ「外」も同然、裸足にはなれない。散らばった木屑でスイバリも立つだろう(スイバリが立つ=広島において「トゲが刺さる」の意)。――けれども、一見「裸足?」と思うほどに、「彼ら」の足にあるゴムサンダルは心もとない。履きつぶされて薄っぺらなそんなのは、水たまりの中をジャボジャボと歩くようなもんであり、ゴミなんて足の裏に簡単に転がり込んでくる。まぁ、どんなに薄くとも、一枚足に当てているのは裸足よりはそりゃマシだろうが、少々尖った木くずだったならば、簡単に突き破られてしまいそうだ。

開け放してある出入り口は三つあり、そのうち二つは、白光りする屋外へと続いている。光がここに入ってくるように、熱も一応、篭らないようにはなっているのだろう。息苦しさは、それほどではない。――んだけれども、だからって涼しげな顔をしていられる程の余裕は当ったり前ながら全然なく、暑いったら熱いのだ。バッグの中で蒸れている、カメラの悲鳴が聞こえてくるようである。

まもなく、窯の背後から一筋の灰色の煙が、揺らめきながら昇ってゆく。それは音なき「産声」か。熾した炎によって、窯が瞼を開いてゆく、その合図のようにも映った。

――三人兄弟の、熱工房。

ホアさん、ワンさん、ヴァンさん。この時、長兄・ホアさんがそろそろ三十になろうかという頃で、ワンさんは二十三、そしてヴァンさんは二十になったばかりという、エネルギーの塊のような三兄弟だった。

 

 

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