主に、旅の炭水化物

各地、食風景の点描

サンギャク拝見~イラン・アルダービール

 

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まるで塗装職人。

ズボンもシャツも粉で真っ白で、作業の忙しさが思いやられるってものだろう。まぁ、そのための「作業着」なのだろうけど。

それにしても、それはホントに、そう目指されて設えられたもんなのか。壁に開いている「穴」とは、まるで解体工事のさなかに偶然開いたかのような、或いは、誰か短気を起こして、巨大ハンマーをぶんまわしてかち割った跡のような、ひび割れて出来た歪んだ三角形であり、その割れ目からボロ…っとカケラでも落ちてきそうだ。

だが、中へと覗き込んでみれば、奥では石レンガが整然とはまり込み、ドーム状に天井を描く空間が見える。美しい。見た目なんとなく歴史的であり、「九百年前から使われている」云々いわれても、違和感なく「ホゥ」と声を漏らすことだろう。

まごうかたなき「窯」なのである。ただ、その出し入れの為の入口が、水の滴る音を響かせる洞窟のように野趣があるのだ。縁には割れ石を晒し、亀裂も入っている。家の中をぶち壊してみたら遺跡を発掘しましたとでもいうような、人が在る屋内にしては突拍子ない感じで穴が開いており、「なにごとか」と少々ギョッとしてしまうのだ。

九百年の歴史はともかく、外観をキレイにしよう、という現代的な意気込みで、壁には一面に大理石模様のタイルがはめられてはいる。…のに、穴も幾何学的に整えようとは思わなかったのだろうか。

まぁ、その方が、天の岩戸じゃないけれど「いかにも凄いもんが出てきます」と、言わんばかりであって凄みがあるのかもしれないが。

 

確かにスゴイ――イランの薄焼きパン・「サンギャク」である。

もじゃもじゃの髪、髭ともに白髪が少々混じってはいるが、背中が曲がっているのは、生地をつかみ取るべく屈んでいるからで、「おじいさん」と呼ぶには少し早いか。

その傍らにはパン生地の塊が、タイル製の台に窪んだ穴の中に収まっていた。「穴」といってもこちらは割れ跡などではなく、洗面台の流しのように、直径三十センチ程度の穴が二つ、縁を「ちゃんと」くり抜かれている。それぞれの中でうずくまっている生地とは、まるで「餅」のよう――なんてことよりも正直、「これを洗うのってタイヘンなんじゃないか」とか思うほうが先だ。腰丈のタイル台は床に固定されたコンクリートの塊なのであり、それが直接の容器では、中を洗った後どうやって水を切るのか。その餅の奥底には、ちゃんと水を抜く栓はついているのかと気になる。

おじさんはその巣穴から生地を掴み、一つ分をくびりとる。手のひらよりも大きい、野球ボール三つ分はある塊だ。

それをパタパタと右手左手で受け渡しながら表面を張らせるも、「ちょっと多いかな」と思ったのだろう、ピッと端の部分からピンポン玉程度をつかみ取り、バチィッと餅に投げ戻した。秤は使わない。

生地自体はかなりドロドロとしているのが見ているだけで分かる。手にくっつかないよう、洗面器に入った水で腕をしっかりと濡らしているが、それだけではなく肝心なのはやはり手際のよさだろう。生地は手水を吸収してさらにベチョベチョ増長し、ちょっとの隙をついてエイリアンのように貼りついてくるのだから。

――なんて心配はしゃらくさい、さすが、ヒョイヒョイっと手馴れた動きだ。上手くまとめたら、窯の入口・真ん前に設えたシャベルの上に伸ばす。…いや「シャベル」じゃなくて、窯に出し入れする為の「ヘラ」であるが、先端の四角い「匙」部分の緩やかな曲がりといい、「柄」の取り付けられたその形といい、土木作業で使うアレのよう。ただその柄は物干し竿ほどに長いからして、「違うよ」なんて言われなくとも分かるんだけど、でも改造したのかな、ぐらいはよぎったりもする。

シャベル(じゃないけど)は床と水平に、匙部分がおじさんの腰丈よりチョイ上にくる高さまで浮いている。浮くのは支柱が二本、長い柄の両端部を物干し竿のように支えているからで、また、匙部分もクルッとひっくり回ってしまわないよう、窯入口付近に偶然のように突出した壁に添えている。

なんとなく、「あるものを工夫してやっている」的な設備にも映るのだが、もちろん支柱は物干し用のソレを利用しているわけでも、不要なシャベルを貰って再利用しているのでもなく、みんな公認の製パン道具だ。壁の突出部分も偶然じゃなくて「必要箇所です」と設計されたのに則って作ったんだもん、と施工者はムッとして言うだろう。が、そのようなしゃれっ気などない、いかにも工事現場然とした中では、生地のその「真っ白」は可愛らしいほどに引き立っているのだ。

「匙」は凸が上である。つかみ取った生地の塊をそのカーブに置いたら、横へ、縦へというように、指で押し広げてゆく。と、はねっ返りなく簡単に伸びてゆくようで、指跡を貰いながら潰されるがまま、生地はぺトぺトと匙に密着してゆく。手水を結構使っていることもあって、表面は艶っぽい。

心持ち、縦に(おじさんから見て)長く伸ばしたら、最後に手前先端をチョンと引っ張って主張させるのが仕上げらしい。頂点がダランと手前に垂れた、なんとなく逆・二等辺三角形となる。

もうひとり、同士がいる。

おじさんとシャベル(…としてしまおうではないか、もはや。)を挟んで立つ男性が、向こうの世界へと通じるその窓と正面から向き合い、槍を持つようにその「柄」を握り、浮かせる。垂れ下る「チョン」の部分を入口の縁にくっつけることもなく、奥へとスッと挿入する。

生地を伸ばし広げるおじさんに対し、こちらは焼きに徹する「窯係」だ。こちらのおじさんは――「おじさん」だろうか。いや、…ではない、だろう。

先入観だ。「髭率」低い日本で育った私としては、チョボ髭生やしている容貌を見ると、なんとなく年配のヒトに見做してしまうのだが、その髭を差し引いて、改めてちゃんと見ると、白髪もないし皺もない。生地使いのオジサンが少々痩せ気味なのに対し、こちらはもう少し余剰があるというか、筋肉質で肩幅が張り、動きにもエネルギー漲った「若者」の範疇に相応しい。おそらくは、二十代後半か三十はじめか。

二人とも半袖シャツである。冷たい風吹く屋外から入りこんだ瞬間は、その姿にカワイソウなんて思ったが、窯の熱によるやんわりした温もりがこの体にも巡ってきた頃、そりゃそうなろうよ、と納得されてくる。二人とも、校庭を駆けるサッカー部員達のように、シャツには汗が、その首筋、肩、背中部分に染みていた。

丸っこい目つき、鼻立ちが、二人ともよく似ている――そりゃもう、「親子」だろうて。

 

入口から向こう側は、橙に灯る別世界。熱が充満したなかで、底には川に転がっていそうな小石が敷き詰められており、サンギャクはその上に直接寝かせて焼き上げられる。――ほぅ、指跡だけにしては「ボコボコ」が過ぎると思ったが、このせいか。

閉める扉のない、開けっぱなし窯だ。つまりはそんなの必要ないぐらい熱してあるし、ということか。入口は宝口売り場の窓口二つ半程度でしかないから、近くに寄ってみてもその奥はよくは見えないものの、「ゴーっ」と吠える声からしておそらくその火元はガスに因る。隣国トルコのパン屋は薪が主流だが、さすが石油の国ということか・イランで見るパン窯は殆どがガスのようで、入口近辺にある調節ツマミで、炎を轟轟と吹かせたりひっこませたり、水道を捻るように内部の熱を調節しながら焼いていた。

 小石は緩い丘を作るほどに積まれており、その上に既に何枚かが体を広げている中へ、また一枚、仲間入りさせる。ともども、その姿は飛ばされて植え込みに引っ掛かった洗濯物のようで、間抜けだ。…とか、暫く突っ立ってボーっと見てしまいその自覚が飛ぶのだが、「邪魔」なのである。なにが、というと、「ワタシが」だ。

長い「柄」だから、出し入れの際に突き飛ばしてしまわないとも限らず、「すいません」とホントすまなそうに言う若旦那だ。イエイエ、そのセリフはまさにこちらが発するべきであり、「す、…スイマセン」。

一瞬躊躇しながらも、こちらも「日本語」で返したが、やっぱり空間が浮いたような、ヘンな感じがする。言葉が、場違いであることに気づいて恥ずかしがっているのだ。

「少しだけ話せます。」

――昔、日本で数年間働いていたのだという。日本語がとても懐かしい、と。

 

カラカラ…と乾いた音を鳴らす小石。

焼き上がったのか、「柄」を握り直して中へと差し入れ、寝ているのを引き寄せているようだ。

匙に載って出てくるかと思えば、入口近くまでソレを寄せただけで、シャベルだけをもとの干し場に戻した。アラ、まだ焼き足りなかったのか。―と、若旦那はその腕を、肩の根元までグッと、穴の中に突っ込んだのである。

「アツっ」と代わりにこちらが声を漏らしてしまうや否や、その手と共に現れ出でた「サンギャク」に、しばし目が点になった。

…こんなに、デカかったっけ。

――って初めて見る姿じゃないけれども、その変化に改めて気付かされたのである。窯入れ前は角型シャベルから少々はみ出る程度だったのが、倍以上になってやしないか。三角形の二辺が、えらくビヨーンと伸びたようだ。

石レンガを張った床には布が敷かれた「置き場」があり、そこへ焼き上がったのを放り投げると、小石もまた数個つられて飛び出し、コロコロと辺りへ転がった。

黄色がかったクリーム色の地に、ヒョウ柄――キツネ色、そして所々で強い黒点が散っている。

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…『一反もめん』。

いや「一反」はモチロン無いけれど、それでも一メートルはある。ヌッと現れるも厚みのない体、縁のゆらゆらした線が、布の「はためき」を思わせて、昔アニメで見た『鬼太郎』のなかのキャラクターが浮かんだ。

落下するのに「バサっ」と風を起こすのといい、連想するのは「パン」じゃあないのだ。

 

                             (最終訪問時2006年)

 

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