タシュケント・タイプ2 ~座布団の快感
「円盤・平型」・もう一種類。
サイズは同じだが、豪華な『額縁』に比べれば、えらくシンプルに映る。
やはり、中心部分に比べて円のふちに厚みがあるのだが、「額」を浮かべるほどではない。いかにも「見て」と言いたげな、ゴテゴテとした顕著な彫刻模様などはなく、なだらかで自然な膨らみだ。フックラとした座布団のど真ん中に、握りこぶしを押し当てたような感じだろうか。こぶしではなくて、やはり表面、『額』同様に押されているのは「剣山スタンプ」であり、点々模様が花を描いている。
目が行くのは、正直コレではなくて、豪華な『額縁』パンの方だ。食べてみたい、と心が湧くのはあちらであり、あのフチに触れ、彫刻部分を割ってみたい…と駆られずにはいられない。
なのに「地味」なこちらに手を出したそのきっかけとは、単に「あっちは(値段が)高い」という理由からである。そして高いだけあって、ごっつくもある。遠目に見るだけでは、一人で食べて(食事)二回分かなぁ、とみなしていたが、手に持ってみれば、確かに『額』がブっといだけあって結構なおもりとなっており、量としては想像の倍近くはあるだろう。
ちょっとなぁ…。パンはできるだけ、「焼き立て」をその都度買いたい。
対して『座布団』の方はというと、額が貧弱な分「軽い」し、訊けば三、四割も安い。
古雑誌を積んだように、一輪車いっぱいにガラゴロと市場に運ばれてくるパンは、たいてい焼き立てだ。
パンの上から被せられている厚い布は、保温効果抜群らしい。めくった瞬間、押し込められていたパン一枚一枚の熱気は呻きをあげ、頬を、鼻を襲うように突いてくる。「手ェ洗った?」などという発想は既になく、隣に立つ、スカーフを頭に巻いたおばさんを倣い、素手でまさぐるのみだ。
『額ぶちパン』が、高級家具の木目を浮かべる深い茶色であるのに比べ、こちらはやや黄色かっているというか、「ちょっと薄いんじゃないの?」という、薄幸的な色白さ。だが、黒ゴマが振りかけられている表面の、ツルッとして、もち肌を思わせる光沢は、負けてはいない。
腰をかがめて物色していると、売り手のお兄さんは「ホラ、ホラ、ホラ、こっちも。どう?」と、円盤数枚を、まるでトランプを「くる」ように、とっかえひっかえ見せてくれる。
真面目で懸命な営業姿なんだけど、このクソ暑いのに黒トレーナーを着ているからか・しかめっ面であるのがなんとなく笑えてくる。
千切ろうと指を立てると、ミシっという感触。
皮の鋭い破片が散る。現れた中の気泡はボコっと大きく、柔らかい香りに連想するのは、「フランスパン」の、あの感じだ。
口に入れると「ザクっ、パリっ」と濁音が続く。小麦粉、水、塩、パン酵母という、最小限の配合が力を出した、控えめながらも確かに存在する甘さがいい。窯に直接貼り付けて焼くからだろう、裏側の、特に「バリッ」と威張った力強さは、脳を刺激する快感がある。
なぜだろう、黒ゴマに「ハーッ」と清涼感がある気がする。ゴマってそういうモンだったろうか。モトがシンプルだからこそ、振りかけられている異物に、敏感になるのだろうか。
やっぱりこれも「作り手によって」であって、中の気泡が大小ボコボコ状態のもあれば、詰まって「モッチリ」しているパンもあるのだが、飾りのない香ばしさと囁くような甘味、そしてザックリザクザク「濁音感」を堪能できるのが、『座布団』の特長。『額』では得られない、別の快感がある。求めるならば、コレがいい――となってゆく。そして、保温布団を被っているにもかかわらず、なぜだろう・どっちのタイプがその下に埋まっているのか、次第に察知できるようになってゆくもんなのだ。
そして特にこっちのタイプに顕著な気がするのだが、「焼き立て」を数時間も経たパンは、どんどんと値を下げてゆくのである。フランスパンがそうであるように、「シンプル配合」はやはり「焼き立て」が命。
あっちこっちから「パン売り」が集う市場。競争が激しい中で、お客の見る目も厳しい。一枚でも多く売るためにはやむを得ない…か。とはいえどっこい、「焼き立て」なのを値切っているおばさんもいた。
買い手としては、その強さが理想である。